曇りなんだろうが、朝は涼しい。が、どうなることか。
何とでもぬかせといふやうな大きさがあるそんな歌集をこしらへたきもの
眼・耳・鼻・舌・身・意 六根清浄、ろつこんしやうじやう山深く入る
ここよりは女人禁制の門の前。われも引き返す女にあらねど
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『孟子』尽心章句下223 孟子曰く、「不仁なるかな梁の恵王や。仁者は其の愛する所を以て、其の愛せざる所に及ぼし、不仁者は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼす」と。公孫丑問うて曰く、「何のぞや」と。「梁の恵王は土地の故を以て、其の民をして之を戦はしめ、大いに敗れたり。将に之を復せんとし、勝つこと能はざるを恐る。故に其の愛する所の子弟をりて、以て之に殉ぜしむ。是を之れ其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼすと謂ふなり」と。
梁の恵王は愛する子弟を犠牲にす愛する心をもちて愛するものに及ぼす
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
露おきぬ山路はさむし立ち酒をしてかへらむけだしいかゞあらむ
【語義】「立ち酒」は客が帰ろうとする時、その立ち際に出して飲ます酒ことで越後地方の方言である。この地方では客が訪ねて来るとすぐに「おつきの酒」と云って先ず酒を出す、それから帰ろうとする時にも「お立ちの酒」と云って酒を出す、それが古来のならわしとなっているのである。〇「をして」は「食して」で食うにも飲むにも通ずる。〇「けだし」はもしかくもあらんかと推し量りて云う語。この場合には「そうしたらまあ」というほどの意にとって置いてよかろう。
【評言】これは作者がいずれかの家をたずねて帰ろうとする際に詠んだ歌ともとれるし、また自分のところにたずねて来た客の帰ろうとした際に客に向って詠み与えた歌ともとれる。いずれにしても打ちとけた、軽快な調子のうちに、環境の気分までが現わされている。「山路はさむし」の句と「立ち酒をして」の句とがいかにもよく調和している。寒い感じと暖かい感じとが快くもつれている。