8月21日(金)

今日も暑い。

とち狂ひたるか冷静か輾転反側して干涸ぶ蚯蚓

相つぎてみみず路上に乾び死す肉色の屍を避けて歩まむ

なにゆゑに討ち死にしたるか自づから干涸びてなにもなさず死にたり

    *

『孟子』尽心章句下228 孟子曰く、「舜のをひをふや、に身を終へんとするがし。其の天子とるに及びてや、をり、をし、る。之を固有するがし」

舜は貧乏であったが天子と為ると画衣を着、琴を弾じ、二人の娘をはべらせ平気なり

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

白雪の日毎にふればわがいほはたづぬる人のあとさへぞなき

【大意】毎日毎日雪が降りつづいているので自分の庵にはたずねて来る人の足迹さえもない。

【評言】一見前の歌と同じようであるが、しかしこの歌の方はもうすっかり冬になりきって雪の中にうずもれてからの作で、その気持ちが一首の上にいみじくも現わされている。「いまよりは」と「日毎にふれば」、「みちふみわけて誰かとふべき」と「たづぬる人のあとさへぞなき」との表現の相違を味って見ると、そこに微妙な心持の相違が味われる。孤独感が前の歌よりも一層深められていると同時に、そこには何となくつつましくその静寂裡にこもろうとする心のおちつきさえも加わっている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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