朝方は降っていたようだが、曇りが続く。
桜の木より紅葉黄葉する葉々の散り落ちてゆくこの世の果てに
この世の果てを思ひたり。木々の散らせる虫食い落ち葉に
雨降れば散り落葉が濡れて滑りやすき少しづつ少しづつ歩かんとする
*
日夏耿之介『唐山感情』
すぐれたです
波をしのいであゆむ、
すぐれた女がりをする、
月はく湘江にをすてて去んだ、
風は清く洛水にをもてあそび来る、
ちりほこりなんどかないね。
波を凌いで歩む、
雋女、独り徘徊す、
皎月湘江に珮を捐てて去り、
清風洛水に美珠来る、
何くの処にか塵埃を着けむ。
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
みづがめのうた
いにしへにありけむ人も持てりてふ大みつうつはわれはもちたり
これのみはうつり行くともとヾめおきてかたりもつがめ後の世までも
今よりは塵をもすゑじ朝な夕なわれ見はやさむいたくなあびそ
【語義】「大みつうつは」の「大御」は敬称で「この貴き器」というほどの意。〇「かたりもつがめ」は「語り伝えもしよう」。〇「塵をもすゑじ」は「ほこりをさえもかぶらせまい」、〇「見はやさむ」は「鑑賞」。〇「いたくなわびそ」は水甕に対して云った言葉。
【評言】これはどこかの家に昔から持ち伝えられでもしたか、それとも土中から発掘されでもしたか、いずれにしても古代人の遺物であったらしい水甕を他から貰いでもして、それを愛玩するあまり歌ったものであろう。三首が一種の連作体になっている。いかにも愛し楽しんでいたらしい心持が、よく現れている。わけて最初の一首の如きはやすやすと歌っているが如くしてしかもよくととのうている。最後の歌にはまた愛らしくてたまらないというような心持が言葉の上にも調子にもいきいきと現れている。