2024年2月25日(日)

今日も朝から雨、そして寒い。

尾崎翠『第七官界彷徨』(河出文庫)を読む。おもしろいと言えば、おもしろい。奇妙と言えば奇妙、そして奇抜な小説だ。こんなものが昭和初期に発表されていたことを考えるとこの時代のモダニズムの再考が問われるし、ないよりこの小説の凄さを感じざるを得ない。小野一助、小野二助、佐田三五郎、そして小野小町が、同じ家に暮す話だが、苔の恋や精神医学語の氾濫などそれぞれに奇抜なのだ。果ては、さて第七官とはいったい何だろうと思うのだが、話の展開は奇妙奇天列、おもしろい。

  小野一助、二助、三五郎そして小町の奇妙なる生活

  尾崎翠が昭和の初期に描く小説奇妙なれども凄きぞこれは

  いつのまにか皺しわになる手の甲をつくづくと観る老班なども

  手の甲の老班の数増えてゐるかくも老いたるわれにやあらむ

『論語』公冶長八 孟武伯が聞いた、「子路は仁なりや」孔子は言った。「知らざるなり。」そこで、また問うた。すると孔子は「子路は、諸侯の国で軍用の調達のきりもりさせることはできるが、仁であるかどうかはわからない。求はどうでしょう。孔子の言、「千戸の町や大家老の家ではその長官にならせることはできるが、仁かどうかはわからない。」では、赤はどうか。孔子が言う。「赤や、束帯して朝に立ち」、客人と応対することはできるが、仁についてはわからない。

  仁は、弟子たちのにも難しい。

孟武伯が仁問ふに孔子答ふ由も求も赤も仁たるや如何

  『正徹物語』60 今川了俊が言ったことだが、連歌の稽古をしていて、満足のゆく連歌がしたいと、句数をすくなくしていた。それを聞いた二条良基は、了俊の質問状に句数を減らすことは、あってはならぬこと。初心のうちは軽やかに多くの句を詠めば、自ずと上手になると叱った。私にも、良き歌よまんとすることに、手紙を書いて折檻された。了俊はいつでも良基の仰せを口にしては、「これがいかめしき御恩なり」と申された。

  二条良基に叱られし了俊いつまでも「いかめしき御恩」と仰せられしを

『伊勢物語』十段 業平は、武蔵国まで「まどひありきけり」。そこでまた、凝りもせず女をつくった。父親は決して賛成ではなかったが、母親は、藤原の出で、業平にめあわせようとした。入間郡、みよし野の里であるので、母親はこう詠んだ。
・みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が方にぞ寄ると鳴くなる

すると、男の返し、
・わが方に寄ると鳴くなるみよし野のたのむの雁をいつか忘れむ
京に遠くここまできてもなお、男の数寄ぶりはやむことがない。

2024年2月24日(土)

久々に晴れて気持ちのよい朝だが、寒い。10度くらいまで上がるそうだが、それにしても寒い。

  丹沢山塊うしろの山々白くしてこの二、三日雪降るらしき

  今日もまた朝から寒い日なれども太陽昇る心地よきなり

  今朝の生ゴミ少なきに事に驚くわれ否、否これは喜ぶべきなり

『論語』公冶長七 孔子の言だ。「道行なわれず」ならば「桴に乗りて海に浮かばん」
私についてくるのは、まあ子路だろう。子路は、これを聞いて喜んだ。そしてオチがある。子路よ、勇ましきことを好むはわたし以上だが、さて桴の材料はどこにもない。

珍しく躍動的な章段である。

  (いかだ)、海に浮かべていづこへ流れゆく孔子とともに子路もゆくなり

『正徹物語』59 俊成、定家への住吉明神の託宣。俊成は、十七日参籠、「和歌仏道全二無」と言われた。定家は参籠して七日夜明神うつつに現じて「汝月明らかなり」と示された。だから、この奇蹟などを書き載せた書物を『明月記』と称する。

  俊成も定家も住吉明神に参籠したり託宣を得る

『伊勢物語』九段 有名な東下りの段であり、高校の古典の授業で扱われているはずだ。「身を要なきもの」と思いなして東の国へ旅立った。
・からころも着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ
各句冒頭の字を読むと「かきつばた」になる。

駿河の宇津谷峠、
・駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

富士山を見て、
・時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

隅田川で都鳥に合いて、
・名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしや
この段は、東海道を下って、歌も多いし、業平の心の愁いがよくわかる。

2024年2月23日(金)

冷たい雨が降っている。寒い日である。

昨日、恩田陸『灰の劇場』を読み終える。1994年4月29日に飛び降り自殺した二人の女性の記事に反応する作者。小説は、作者(必ずしも作者本人ではないが、作者にもっとも近い存在)と自殺した二人の視点から語られ、複雑な様相を呈するが、なかなか読み解きがたく、面白く読んだ。

  不可思議はこの小説に死ににける二人と作者のつながりあらず

  鳥の羽根の頻りにふりくる舞台には誰も彼も見えず死ぬ二人なり

  白ならぬ汚れて灰色の羽根ふり(く)天からふり(く)死にし二人に

『論語』公冶長六 孔子が、漆雕(うしつちょう)(かい)(孔子の門人)を仕官させようとした。ところがわたしはまだ自信が持てないと言った。孔子はそれをよろこんだのだという。ここも謙虚であることが大切だということか。

  漆雕(しっつちょう)(かい)のごとくに謙虚であることを孔子はよろこぶ慎重さゆゑか

『正徹物語』58 「本歌をとるに、二首取りたる歌いくらもおほきなり。」この時代のことだろう。もちろん現在も本歌取りの技法は生きている。

  本歌に二首をとりこむ歌多しいくらもあると正徹言ひき  

『伊勢物語』八段 京に住み憂かりけむ(高貴な女性と愛をかわしたが、結局失恋したこと)、あづまの方に住む所求むとて」、友とする二人と旅をした。途中、信濃の浅間山に煙りが立つのを見た。
・信濃なる浅間の嶽に立つ煙をちこち人は見やはとがめむ

「をちこち」は「あちこち」 あちらこちらの人がみな、なんとも不思議な光景と思わずにいられようか。

2024年2月22日(木)

今日も朝から雨、そして寒い。

木村朗子『百首でよむ「源氏物語」』(平凡新書)を読む。五十四帖の粗筋を解説しつつ、それぞれの和歌を紹介する。『源氏物語』には、登場人物が詠んだ和歌として七九五首が載っている。その全部を作者、紫式部が作ったものというからすごい。この歌日録にも源氏物語百首を反映させたい。だが『伊勢物語』の後になる予定だ。

  紙やすりに木の裏側をけづりゆくごとくにたましひの傷つけられぬ

  ざわりざわりわがたましひを紙やすりに撫でられ反骨の地のあらはるる

  一巻の絵巻のごとき人生を誰も彼も持つこの世のあはれ

『論語』公冶長五 ある人が「雍(孔子の門人)は仁だが弁が立たない」っと言ったので、孔子がそれを聞いて「どうして弁の立つ必要があろう。口先の機転で人と応対しているのでは、人から憎まれる。彼が仁かどうかはわからないが、どうして弁の立つ必要があろう。」

  仁こそが肝要ならむ佞を用ひ弁立つことは二の次のこと

『正徹物語』57 「庭」の題では軒を詠み、「軒」の題にはたいてい軒と詠んでいる。
「庭」は建物を含むが、「軒」は建物そのものだということらしい。

  庭の題にて軒を詠む軒は軒なり建物そのもの

『伊勢物語』七段 高貴な女性との恋は、失恋に終わった。逃避行か東国へ向かう。その途次、伊勢と尾張のあいだの海辺をゆくと浪がたいそう白くわが身に沁みたのである。
・いとどしく過ぎゆくかたの恋しきにうらやましくもかへる波かな
う~ん、彼女のいる京が恋しいよなぁ。納得。

2024年2月21日(水)

昨夜、べレキシブルの副作用か、全身の痒みと微熱で眠れなかった。朝のリハビリも休んでもらった。身体が怠い。そして朝から雨だ。寒い。

  セーターのくらやみの内に目をひらくトックリの首のさきそこは浄土

  とうりゃんせとうりゃんせこの細道を歩みゆくこの世とあの世の境を歩く

  この身冬の雨に濡れたる冷たさに心地よきかな微熱のあれば

『論語』公冶長四 子貢が孔子に問うた。この私などどうでしょうか。「女は器なり」
なんの器ですかと聞くと、瑚璉なり」

  子貢が聞く賜はいかがさすれば瑚璉なりと孔子が答ふ

『正徹物語』56 「さらぬ」は、さあらぬなり。「さらぬだにも」も同じ。「さらぬ別れ」は「去」の字なり。
・世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため 業平 古今集90

  さらぬだに別るる恋もありぬべし永遠にと歎く昔男は

『伊勢物語』六段 有名な芥川の段である。これも美しい、高貴な女性との秘めたる恋だ。鬼など出ているが、基経や国常が業平をはばんだのだ。
・白玉か何ぞと人の問ひし時露とこたへて消えなましものを

2024年2月20日(火)

地面は濡れているから朝までは雨だった。しかし、それから日中にかけては晴れ、夕刻よりまた雨らしい。今日は、採血と診察の日だ。
ルーティンの続き。

  室内をあれこれ廻り三百歩椅子を仕舞ひてマスクをつかむ

私の部屋は九階である。

  廊下に出て七百かぞへ歩きゆく階段十階へまた八階へ

  午前も午後も七百歩かぞへ階段を一歩一歩上り下りする

『論語』公冶長三 孔子は、子賤(孔子の門人)を君子である。こうした人物は、魯に君子がいなければ、彼が成っていたであろう。これも、ここのところ続いている孔子の弟子褒めですかね。

  子賤について君子なるかなといふ孔子、公冶長、南容に次いで褒めたり

『正徹物語』55 「歳暮」の題は、「除夜」でないならば晦日より前の日を詠んでもよい。しかし「九月尽」は必ず九月晦日でなくてはならない。

  歳暮には晦日以前を詠みてよしされど九月尽はかならず晦日

『伊勢物語』五段 のちに二条の后になる人とのひそかなる恋。
・人知れぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ

2024年2月19日(月)

朝から地面が濡れている。雨であるが、暖かいらしい。

柚月裕子の二冊の警察小説を読む。『朽ちないサクラ』と『月下のサクラ』(徳間文庫)。
最終的に公安警察のからむ森口泉の物語であり、読みでもあった。

  公安の横暴を怒る警察小説柚月裕子の二冊を読み終ふ

  『朽ちないサクラ』『月下のサクラ』いづれにも森口泉の懸命がよし

  ときじくの香の菓を常世から持ちかへりたる橘の果を

『論語』公冶長二 孔子が南容(孔子の門人)に妻をめあわせた話。南容は、「国家に道のあるときは用いられる、道のないときにも刑戮にふれることはない」と言ってその兄の子を妻にさせた。孔子は、門人の婚儀の仲介を、けっこうしている。なんだろ。

南容の妻に兄の娘をめあはせたり孔子は一族を堅強にせむ

『正徹物語』54 「寒草」の題に葦を詠まぬ事。「寒葦」「寒草」と続いて題にある。

寒草は葦にはあらず違へてはならず寒葦がある

・『伊勢物語』四段 業平の高貴な女性との失恋譚。   

・月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして