2024年2月18日(水)

今日はいささか寒い。空は薄く濃く曇っている。

ルーティンつづき。

  寝床より起きだし椅子に左、右足上げ下げて二十回踏む

  壁に対し爪先立ちを十回と脛を伸ばして二十回

  最後には机にすがりスクワット腰を下ろして十回数ふ

『論語』公冶長一 孔子は公冶長(孔子の門人)のことを「妻どりさせてよい。獄中につながれたことはあったが、彼の罪ではなかた。」と言い、そのお嬢さんをめあわせられた。

  縲紲の人にはあれど公冶(こうや)(ちょう)妻どりすべしその娘を合はす

『正徹物語』53 「いともかしこし」とは、「賢」と解する者がいたが、「恐」といふ心なり。「かけまくもかしこけれども」などという事と同じである。

  いづれの歌か「いともかしこし」といふ語あり「賢」にはあらずいと恐れあり

『伊勢物語』三段
・思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも
二条の后との恋。

2024年12月17日(土)

今日は朝からずっと曇っている。気温もそんなに上がらない。妻の運転で井出トマト、国分寺台のパン屋を回ってきた。久しぶりのことだ。

寝床にてまづ恒例の手を開き、閉ぢて二十回腕上げながら

  膝に足を置いて上下す十回づつ両脚終れば腕立て十回

  腕まはし、頸まはし両脚伸ばしたり二十を数ふ寝床より立つ

リハビリのルーティン、明日へ続く。
『論語』里仁二六 子遊が言った。君に仕えてうるさくすると、嫌がられ恥辱をうける。朋友にうるさくすれば疎遠にされる。うるさくつきまとう奴。いるねぇ。

  主君や友にうるさくすれば嫌われる当然ならむ適度が大事

『正徹物語』52 「霜のふりは」には、あれこれ解釈がある。「ただ霜のふるは」という事であるとして「ふりは」という人もいる。一方で「鷹揚などといふやうに、霜のふる場といふ事なり」として「ふりば」という人もいる。
・水ぐきの岡のやかたに妹とあれとねてのあさけの霜のふりはも 古今1072

  霜のふりはいかがなるらん妹と寝てのあさぼらけいかにか寒し

「伊勢物語」二段
・起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめ暮らしつ

2024年2月16日(金)

まだ暖かいかな。リハビリでした。
昨日の風は春一番だった。

  春一番吹く日は南の窓が鳴る破れさうな音がたがた鳴りつ

  原稿を書くため雑誌の山崩すそしていろいろネットを探る

  マンションの屋上高く白鷺の群れ五羽をかぞへる西の段丘へ

『論語』里仁二五 孔子が言う。「徳は孤ならず。必ず鄰あり。」けっこう有名な章句だ。私も知っている。道徳あるものは孤立しない。親しい仲間ができる。

  得なせば孤りではない必ずや親しきものが蒐まりてくる

『正徹物語』51 「やぶし分かぬ」は、薮のこと。「し」は助辞。
・日の光やぶしわかねばいそのかみふりにし里に花も咲きけり 古今870薮すら差別しないということ。

  藪し分かぬ春のひかりに石上布留の社の庭に花咲く

『伊勢物語』一段
・春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れかぎり知られず

2024年2月15日(木)

今日も暖かくなるようだ。

  かちゃかちゃと軽き音たて洗ひ籠まづ空にする朝一番に

  きのふ使ひし急須、茶碗を洗ひゆく洗剤少し泡立てながら

  瓶、缶の音をたのしみ木曜のゴミ捨て場までふらりふらりと

『論語』里仁二四 孔子の言。「君子は言に訥にして、行に敏ならんと欲す。」これまた簡単明瞭だが、口重く、実践に努めることはなかなかに難しい。言うは易く、行なうは難しだ。

  言ふは易く、行ふは難し明瞭に言へどもこのことむづかしきもの

『正徹物語』50 「たつみわこすげ」は「みわ」は水のわだなり。水のたまったわだに、菅が立っていることをいう。浅葉野立神古菅根惻隠誰故吾不恋(万葉二八六三)の二句目「立神古菅」の読み方。現在では「浅葉野に立ち神さぶる菅の根のねむころ誰がゆゑ吾が恋ひなくに」と読むから、いささか正徹の言は違っている。

  旧訓を得意げに説く正徹なりまったく違ふあたらしき訓み

横須賀文化祭のために三首送る。

  キッチンのボウルに(ひた)菠薐(はうれん)(さう)(あけ)の根の色乳首のごとし

  病むからすほがらほがらに西へ(き)す。神々(かうがう)しきよ夕照りの山

  もも色に夕べ滅びの色を観てこの空のもと滅びむもよし

2024年2月14日(火)

今日は暖かい。四月の温度だという。国民健康保険代金、年賀状当選切手、はがきを求めにローソン、郵便局を廻る。

  我が家より北のローソン遠からずひひらぎの垣つらなる路を

  水仕事に懸命なればトイレ近しこれまた老いの証しなるべし

近松門左衛門『曾根崎心中』

  大坂の三十三か寺観音めぐり道行長しおはつ徳兵衛

『論語』里仁二三 孔子の言。「つつましくしていて失敗する人は、ほとんど無い。」

  孔子のたまふ「約を以てこれを失する者鮮なし」当然といへば当然なりき

『正徹物語』49 (ゆき)(よし)は藤原行家の父である。行家は新古今集の撰者である。

正徹には『新古今集』が絶対なりその撰者を誰一人忘れてはならず

2024年2月13日(火)

今日は暖かくなるらしい。三月下旬並みの温度。昨日まで三連休であった。
葉室凛『不疑』(角川文庫)を読む。葉室らしい明解、端的な時代短編である。沖田総司と芹沢鴨を描いた「鬼火」、北条政子を叙した「女人入眼」、そして標題の「不疑」などがよかった。

  沖田総司と芹沢鴨の心処の交流描きをもしろきかな

  晴れても曇っても雨がふっても餡の入る和菓子を好むどら焼きを喰ふ

  一日にひとつは餡の入る菓子を頬張る老いの愉しみならむ

  つぶ餡の甘さをよろこぶわれがゐる若き頃には餡うけつけず

『論語』里仁二二 孔子が言う。「古者、言をこれ出ださざるは、軀の逮ばざるを恥じてなり。」これは古者(昔の人)だけなのだろうか。現代人、私を含めてしゃべりすぎだな。

  古者が言を出ださざるは実践がともなはぬことを恥じたるがゆゑ

『正徹物語』48 千五百番歌合に三宮とあるは、後鳥羽院の兄である。そして後堀河院の父である。これも正徹が生きていた時代には忘れられていたということだろうか。これも正徹の蘊蓄だな。

  薀蓄を語りし正徹のことばなりかにかくに簡潔なるもここちよきかな

2024年2月12日(月)

天気はいい。ただ空気はそれほど暖かくならなそうだ。

  さくら餅を三つ贖ひ帰り来し妻がはこべる春もあるべし

  目の前の卓上に在る桜餅見ているがけで餡の味する

  さくら餅のさくら葉を喰ふか食はぬか大問題なり

『論語』里仁二一 孔子が言う。「父母の年は知らざるべからず。」一つにはそれで長生きを喜び、一つにはそれで老い先を気づかうのだ。これも孝というのだろう。

  父母の年齢は覚えておくべきなり長寿を喜び老い先気づかうふ

『正徹物語』47 家隆の歌に、
・人づてに咲くとはきかじ桜花吉野の山は日数こゆとも
これは古今和歌集の恋歌に、
・超えぬまに吉野の山の桜花人づてののみ聞きわたるかな 紀貫之588
とあるのを「句の置き所こそ少しかはりたれ、心も詞も同じ物にて侍るは、いかなる事にや」と尋ねると「これはよいのである。本歌は恋だけれども季節の歌に詠み変えてある。本歌取りには様々な手法がある。「本歌にすがりたる体、本歌贈答の体」といってこのように詠む。定家と家隆も違っている。定家は本歌の内容をそのまま取って詠むことはない。家隆には本歌と同じ内容の歌がままある。

  詞と内容そのままに本歌に依拠する家隆の歌

  定家には工夫があつて本歌の心を取りて詠むことはなし

「百人一首」藤原定家撰。後半
・めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな 紫式部
・玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする 式子内親王
・ももしきや古き軒端の忍ぶにもなほあまりある昔なりけり 順徳院