2023年12月17日(日)

またまたいい天気だ。太陽が照り放題だ。

  珈琲に練乳(ミルク)を足して今朝は飲む心やすらぐ揺蕩(たゆ)たふごとく

  便器の底に雲古と紙がわだかまる水を流せばけたたましく(い)

  いつのまにか雲古と紙が渾沌と流れ去りゆく惜しげもなく

『論語』為政十四 孔子が言った。「君子は周して比せず、小人は比して周せず(君子はひろく親しんで一部の人におもねることはないが、小人は一部でおもねりあってひろく親しまない。)君子に対し小人が語られるのは初かもしれない。小人というところ孔子の差別がある。

  君子に対し小人を宛て小人は徳なきものの謂ひと決めたり

『徒然草』233段 人から非難されない言動をということだが、若者で容貌の美しい人で、言葉づかいの端正なものは、「忘れがたく、思ひつかるるものなり」という。兼好法師も若き美男子が好みなのだろうか。

  兼好の好める若き美男子とはいづれの人か宛あるべしや

2023年12月16日(土)

東の空にそろそろ太陽が昇ってきそうになっていた。逆に西方の山々を見たところ大山から北の連山の上空に燃えるような真赤な箇所があった。朝焼けであろうが、なぜそこだけという感じがしたのだ。

  西の山の上空赤く燃えてゐる朝焼けここのみ不穏の色か

  きのふ食べたものけふ行くところおぼつかなき半惚けしわくちゃいまの母なり

  天上に風あるらしき雲薄く流れて透けて冬の青空

『論語』為政十三 子貢が孔子に君子について問うた。「まずその言おうとすることを実行してから、あとでものをいうことだ。」

  孔子言ふ君子とはその言を行なひ而して後にものを言ふなり

『徒然草』232段 「すべての人は無智無能なるべきものなり。」「若き人は、少しのことも、よく見え、わろく見ゆるなり。」賢しらは見苦しいのだ。

  無智無能の顔をしてゐることぞよき賢しらをするは見苦しきもの

2023年12月15日(金)

今日は師走15日、寒い。曇り空。雨が降るらしい。

  夜に覚めてペットボトルの水を呑むごくりごっくり谷川の水

  宇治の茶と愛媛の蜜柑を午後三時のおやつにせむか旨し甘し

  水流の渦巻くところうす紙の透けて消えゆく便器の底に

加藤周一『羊の歌』正・続読了。高校から大学生にかけて読んだはずだが、大方内容を忘れている。筑摩の「現代文」の教科書に雑種文化についての評論があり、著者に興味が湧き「わが回想」と題するこの新書を読んだ。その知識人としての生き方に強い感動を覚え、周囲に必読書だと推薦した記憶はあるが、内容はほとんど覚えていなかった。再読になるが、あれこれ傍線を引き、付箋を貼ったが、やはりわれわれとは遠い所に居る知識階層の自伝だと思った。もちろん、この世界を読み解くための知識、行動などについての示唆はたくさんある。まあ、楽しい読書ではあった。
『論語』為政十二 孔子が言う。「君子は器ならず。(君子は器ものではない。その働きは限定されず広く自由である。)

  孔子が言ふ君子器ならずもつと自由に広やかなるもの

『徒然草』231段 双なき包丁者の園の別当入道基氏殿とそれに文句を言った西園寺実兼とまあどちらが偉いかのような章段。「大方、ふるまひて興あるよりも、興なくてやすらかなるがまさりたる」。なるほど。

  興なくてやすらかなるをよろこべる兼好法師つきづきしきよ

2023年12月14日(木)

晴れているが冷たい。寒いのだ。今夜は忠臣蔵の討ち入りの日だ。

  冬の影ながなが届く処なり部屋の絨毯あたたかなりき

昨日

  たちまちに暗くなりゆく町灯り大寺の庭常闇(とこやみ)をなす

  深紅( ふかべに)色に刻々暮れゆく大山につらなる山々稜線も(べに)

『論語』為政十一 孔子が言う。「故きを慍めて新しきを知る、以て師と為るべし。」そんな簡単に人の師になれるか?

  温故知新とはむづかしきこと簡便に『論語』は記す孔子の言なり

『徒然草』230段 亀山天皇の里内裏には、妖怪がいるという。二条為世の語ったことだが、狐が人のようにひざを突いて座り、覗きこんでいた。大声に騒がれて、慌てて逃げていった。未熟な狐が、化け損なったのだろうという。

  化け損なつた未熟な狐が出てくる五条あたりのくらき館に

2023年12月13日(水)

今日もいい天気だ。そう言えば昨日は小津安二郎の亡くなった日だった。だからテレビで「東京物語」とか、やってんだ。録画しよう。

  この世から十二月十二日に去りにけり小津安二郎に『麦秋』ありき

  「大和はええぞ」の言葉にうなづくわれならむ麦が揺れてる心もゆれる

  あけぼの杉の茶色の枝に茶色の葉冬木になるもさう遠からず

鳥羽亮『絆 山田浅右衛門斬日譚』(幻冬舎文庫)を読む。七世山田浅右衛門吉利の斬日記録である。綱淵謙錠『斬』と重なるが、なかなかよかった。『斬』が史伝の如きものなら、あきらかに小説であり、読みやすいが、しかし内容は、死を扱って重い。

  浅右衛門吉利が首を斬り落とすみづからの弟子をみづから落とす

『論語』為政十 孔子が言った。「其の(な)す所を(み)、其の(よ)る所を(み)、其の安んずる所を察すれば、人(いづく)んぞ(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや。」これまた端的だが、わかりやすい。結句がくり返している。よほど強く言いたいのであろう。

  人柄は焉んぞ廋さんや繰り返し言ふ孔子先生かくも伝えたし

『徒然草』228段 千本の釈迦念仏は、文永(1264~75)の頃、如輪上人が始められたという。
229段 優れた細工師は,少し鈍い刀を使うという。妙観の刀はさして切れ味がよくない。

  よき細工師はさほど切れるを用ふるなく鈍き刀を用ふるものなり

この二段も薀蓄のごとし

2023年12月12日(火)

昨夜から朝まで雨。外は霧のような状態で遠くが見えない。10時ころには上がってくる。今日は、石川五右衛門が釜ゆでにされたとも伝わる。

  世に尽きぬ盗人(ぬすびと)(たね)釜のうちに熱さに叫ぶ石川五右衛門

  昨夜( きそ)からの雨に濡れたる枯れ落葉踏みて老耄(ろうもう)の心に愁ひ

  霧閉す海老名の町に物流の倉庫群見えずこれも良き景

  精悍とわれにむかひて前登志夫たつた一度の逢ひに終りし

二日間憩んでいた『論語』と『徒然草』の再開である。  

『論語』為政九 孔子から見た回賛というべきか。ふだんはまるで愚かなようだが、そうではない。回は愚かではない。回は、孔子最愛の門人。孔子より三十歳若かったが、四十一歳で孔子に先だって亡くなる。孔子には残念なことだったろう。

  愚かではない回のことたのしげに語る孔子の口惜しかりき

『徒然草』227段 六時礼讃は、法然の弟子、安楽が経典の文句を集めて作り、その後、太秦の善観が譜を定め声明にした。一念義念仏の起こりである。後嵯峨院の治世からはじまり、法事讃も善観が創始したものである。これまた兼好法師の蘊蓄に見えるが。

2023年12月11日(月)

昨夜は赤坂モントレに泊った。さすがにむすめの披露宴は疲れた。モントレのすぐ隣が虎屋である。虎屋で土産物を買い、千代田線経由で小田急線へ。疲労困憊で帰宅した。朝の、開店したばかりの虎屋が閑散としていて、よかった。

赤坂御所の森のなかなる公孫樹の木たかだかとして耀く黄葉(もみぢ)

  豊川稲荷に狐の像のこれほどに多きかあやしきものたちのぼる

  足弱が赤坂の坂をとぼとぼとのぼりゆくなりこの老耄が

  虎屋の整然としたる店内に並ぶ甘きもの美味(うま)さうである

二日間『論語』と『徒然草』はお休み。ご勘弁ください。