2023年12月10日(日)

娘の結婚披露宴である。表参道の式場で華やかに、けっこう盛り上がり、そしてしっとりとした披露宴であった。バージンロードを歩く、私の足は何度かよろめいたが、逆に娘が支えてくれたように感じている。私の足は、それほどに悪性リンパ腫によって衰えている。私たち夫婦のために作った動画に感動したのは老いたる親ということか。祝婚歌から。

  師走(しはす)十日(あ)(こ)嫁ぎゆく東京の空ひろびろと青く澄みたる

  夜の夢に(こ)の祝婚歌案じたりわが(み)かるがる動くも夢なり

  表参道の路地へまがれば緑多き館へつづく(こ)の婚の場所

  歩みだすむすめ想へばと胸つくこの思ひこそわがものなりき

  銀杏(いちやう)の葉黄金色(わうごんいろ)にかがやくとき歩みだすなり花嫁わが(こ)

2023年12月9日(土)

またよく晴れている。

  わが胸が早鐘のごと鳴りひびく頻脈はときに龍の怒りか

  暁闇(あかつきやみ)にセブン・イレブンの明かりあり夜に耀くはいのちのひかり

  歯に噛めば林檎の蜜のしたたりを甘さを感ず北信濃の香を

『論語』為政八 子夏が孝について聞いたところ、孔子が答えた。「顔の表情が難しい。仕事があれば若い者が骨を折って働き、酒食があれば年上の人にすすめる。さてそんな形の上のことだけで孝といえるかね。」まあ言えないんだろうね。 

  形だけのことでは孝とはいへないと孔子のたまふ(さ)にあらむかな

『徒然草』226段 けっこう有名な段である。平家物語の作者を指している。信濃前司行長だが、後鳥羽院の時に五徳の冠者と異名に呼ばれるのを恥じて、学問を捨て遁世した。慈鎮和尚(慈円)はそれを不憫と思い扶持をして助けた。この行長入道が平家物語を作り、盲目の生仏に語らせた。比叡山の事、義経の事は詳しいが、蒲冠者についてはよく知らなかったから多くを記していない。その生仏の声を、琵琶法師が学んだということである。平家物語の誕生秘話というところか。どうもこれも薀蓄だな。

  信濃前司行長こそが『平家物語』をつくりしと兼好は説く結構詳し

2023年12月8日(金)

太平洋戦争が真珠湾からはじまった日。あれから82年経つ。この国の決定的な間違いの初めの日。今日も青空、よき日である。

  十二月八日この日に開始する愚かなる滅びへと向かふこの国

  紅葉と黄葉を混じ枯れ落葉若きさくらは周囲(めぐり)彩る

  わが足の踏みたるもみぢ色判らずかさこそ乾く枯れ落葉踏む

  老いが発する魑魅魍魎のやうな声丑三つ時は夢に苦しむ

永井荷風作『すみだ川・新橋夜話』(岩波文庫)読了。表題の作品の他に「深川の歌」を加えた一冊である。これがなかなかよかった。外遊から帰ったあたりから、明治末年、大正初年におよぶ荷風の古い作品である。どれも時代を伝えておもしろい。花柳界を中心にした物語だが、荷風が書くと当時の東京がその空気感とともによみがえってくる。立体的なのだ。これこそ江戸の情調なのであろう。荷風はいいなあ。楽しい時間であった。
『論語』と『徒然草』はお休みです。『論語』は読みはじめたばかりですし、『徒然草』は、そろそろ最終盤にかかっているのですが。

2023年12月7日(木)

今日も青空が広がる。朝はそこそこ寒いが、日中には20℃になるという。

  枯れもみぢ積もる木の下二足(ふたあし)三足(みあし)ゆつくりゆつくり歩みはじめつ

  木のめぐりに紅葉、もみぢ堆積し風にかさこそ子らも集ひ(く)

  枯れ紅葉(もみぢ)つぎつぎに散るさくら木の若き樹皮なり(つや)つぽくして

『論語』為政七 子游(孔子の門人。孔子より45歳若い)が孝を問うた。先生は行った「近ごろの孝というのは、ただ物質的に養うことをさしているが、犬や馬でさえみな養うということは十分ある。「敬せずんば何を以て別たん」これもなるほどではあるが。

  今の孝に賛成できぬ孔子がゐる尊敬がなくば区別もなからう

『徒然草』225段 白拍子の起源 多久資(おのひさすけ)が言ったことである。藤原通憲が集めた中に磯の禅師の舞を男舞として、その娘・静に継がせた。そして仏や神の由来や縁起を唱った。これが白拍子の根元である。その後、源光行が多くの詞章を残し、後鳥羽院が亀菊に教えた。この章の兼好はまるで『梁塵秘抄』を読んでいるようだね。

  白拍子の根元問ふに何がある兼好法師詳しくかたる

2023年12月6日(水)

昨日は寒かった。エアコンを一日中つけていたが、今日は晴れ、見渡す限り雲はない。日差しが暖かい。

  酒饅頭わづかの酒精(アルコール)に酔うたるか少しふらつく老いの(み)なれば

  ぬばたまの丑三つ時に目を覚ます妖怪変化のすがたは見えず

  おそろしき丑三つ時に目ざめをり便所(トイレ)近きは老いたればこそ

『論語』為政六 孟武伯が孔子に孝を問うた。「父母には唯だ其の(やまひ)をこれ憂へしめよ。」子として父母の健康こそ心配せよ。なるほど。

  父母の健康をこそ憂ふべし孔子がいふ孝とはこのことなりき   

『徒然草』224段 陰陽師の有宗入道が鎌倉より、京に来て兼好法師を訪ねてきた。庭の広いことにあきれて、皆畠にしたらどうかといった。兼好は、「まことに、少しの地もいたづらに置かんことは益なきことなり。食ふ物・薬種などを植ゑ置くべし」と答えたという。

  鎌倉より訪ねきたりし有宗入道いふ庭の広きに畠作るべし

2023年12月5日(火)

今日は曇り空で寒い一日になるらしい。

  妻が買ふ小さき蜜柑甘くして愛媛産まれは甘露、かんろ

  頭からシャワーを浴びてこころよきこの痩せ老人暫時(しばし)よろこぶ

  雲重く見通し(あ)しきベランダに立てばそれでも国見のごとし

『論語』為政五 孟懿子(魯の国の家老)が孔子に孝について問うた。「そむかないように」と答えた。その後、樊遅(孔子の門人。孔子より三十六歳若い)に「生けるにはこれに事ふるに礼を以てし、死すればこれを葬るに礼を以てし、これを祭るに礼を以てす。」礼がたいせつなんだ。

  生きてゐる親に孝行するときは礼がたいせつ死後にも重き

『徒然草』223段 九条基家は、鶴の大臣殿と呼ばれるが、童名を、たづ君といった。決して鶴を飼っていたからではない。

  (たづ)大臣(おほい)殿(どの)の謂れを説く幼名たづ君ゆゑにかくも申しき

2023年12月4日(月)

今日もいい天気だ。昼は十五度まで上がるという。

  けふは晴れ小春日和の予報ありおだやかであれ一日いちにち

  革靴を履いて歩くことの困難さ両足裏に筋力あらず

  鏡に(むか)ふこのひょろひょろは誰ならむこれがわたくしこの痩せ(ぢぢい)

『論語』為政四 有名な一章。十五歳で学に志し、三十にして立つ。四十二して惑わず。五十にして天命を知る。六十、耳順がふ。七十、炬を踰えず。孔子の言葉である。孔子の自伝だ。

  六十を過ぎて耳順のことばありされどわれにはまだまだ遠き

『徒然草』222段 乗願房宗源の逸話である。東二条院にて、亡者の追善に何が適当かと問われ「光明真言・宝筐院陀羅尼」と答えた。弟子たちは念仏に勝るものはないというが、宗源は、主張の確かなるを選んで、答えたといった。なるほど。

  乗願房宗源がいふ追善に適当な経は「光明真言・宝筐院陀羅尼」