2023年12月3日(日)

今日も朝から天気がいいが、テレビはフィリピン・ミンダナオ島で起きたM7,6の地震に因る津波の放送ばかり伝えている。

  古紙回収は三日との定め二個口をぶら提げて降りる一階玄関へ

  手の甲に、腕に老班の数増えていつのまにか老い深化してゐる

  (とう)(てい)のたちまちに来るまだ木々に葉の残りたり紅葉去らず

『論語』為政三 孔子の言だ。法制や刑罰などの小手先の政治をすれば、人民は法網をすりぬけて恥とも思わない。しかし道徳で導き、礼で統制していくなら、道徳的な羞恥心を持ってそのうえに正しくなる。これもまた政治についてだね。

  「礼を以てすれば恥ありてかつ(ただ)し」孔子先生また政治をかたる

『徒然草』221段 賀茂祭の検非違使の装束について、健治・弘安のころはよかったが、最近は「いと見苦し」という兼好法師である。「いと見苦し」まで言えばただの蘊蓄ではない。

  賀茂祭の馬の飾りのよきと思ふに最近の様子「いと見苦しき」

2023年12月2日(土)

朝から青空、いい天気だ。わいわい市に行くが、寒川神社は、月遅れの七五三で賑わっていた。

  寒暖差の大きくなれば老いの身につらきものあり水洟(みずはな)たらす

  暁闇にセブン・イレブンの灯りあり(くさめ)いつぱつ夜の街覗く

  冬の日のながく室内(へやぬち)にとどくなり師走二日は昼から寝てをり

『論語』為政二 孔子先生が言った。詩経の三百編、ただ一言で包みこめば、『心の思いに(よこしま)なし』だ。」これはいいね。短いし。

  『詩経』三百編一言(いちごん)(も)てもの言へば「思ひ(よこしま)なし」孔子のたまふ

『徒然草』220段 天王寺の舞楽は京にも劣らない。なぜならば、この寺の音楽は図竹によって高音を合わせる。それは聖徳太子の時代の図竹が伝わっていて、それを基準にするからだ。例の六時堂の前の鐘の根「黄鐘調」だ。この黄鐘調が正調なのだ。またまた兼好法師の薀蓄であろう。

  兼好法師よくものを識る天王寺の舞楽のめでたさをけふは語りし

先週の『日曜美術館』を録画したものを観る。「シン、芦雪」である。長沢芦雪、愛すべき江戸時代の画家である。有名な絵は、あちこち,といっても京より西が多い。ここでは挙げないが、謎は46歳で大阪に客死すること。毒殺とも縊死ともいわれる。不思議な画家である。

  毒殺か縊死か定かにあらざれど四十六歳惜しむべきなり

2023年12月1日(金)

今日から師走である。そのせいか寒い、一応晴れているのだが。

  暁闇に月残るはずが雲の内ほの明こうしてゆくへ知れず

  棚雲に覆はれて日の見えざればわづかに(あけ)にひむがし染まる

  鷗外の詩歌読みくらす師走一日冬の日あたたかく窓ゆ伸びたり

『論語』今日から為政篇である。一 孔子先生が言う。「政を為すに徳を以てすれば、譬へば北辰の其の所に居て、衆星のこれを共するがごとし(政治をするのに道徳によっていけば、ちょうど北極星が自分の場所にいて、多くの星がその方に向かってあいさつしているようになるものだ。)」これまた私の嫌いな政治だね。だけどまあまあかな。
『徒然草』219段 「呂律の物にかなはざるは人の咎なり。器の失にあらず。」またまた、ある意味では薀蓄と言っていいだろう。

  呂律の物にかなはざる、つまり人の咎なり(かげ)(もち)がいふ   景茂は、笛の名人。

2023年11月30日(木)

今日で十一月も終わりだ。早い。いい天気だ。

  ひむがしの空ぎはの(すき)朱色(あけいろ)に霜月尽の朝明けてゆく

  冬になれば着衣の増えて時かかる朝覚めてより立ちあがるまで

夢に

  父が来て大声に言ふあれやこれや一つも覚へず朝は明けたり

加藤周一『言葉と戦車を見すえて』(ちくま学芸文庫)をようやく読み終える。「抗う知識人」の真骨頂「武器よ、天皇制よ、人民の一切の敵よ、さらば」。1946年の「天皇制を論ず」だが、この激しさが好ましい。他にもいろいろあるが、いささか理詰のところもある。まあそれが加藤周一であろう。「日本文化の雑種性」など高校時代を思い出し、自伝である『羊の歌』を読み直すことにした。

  付箋多く貼つて読む本ひさびさなり加藤周一『言葉と戦争を見すえて』

『論語』学而一六 学而編の最後である。孔子先生が言う。「人の己れを知らざることを患へず、人を知らざることを思ふ」いいですねぇ。

  このことは肝に置くべしわれ人に知られざるとも人を知るべし

『徒然草』218段 狐は人に食いつくものと言って、堀川家、仁和寺の本寺の前の例をあげる。そうなんだ、狐は人に食いつくんだ。

  狐は人に食ひつくものと法師いふ舎人(とねり)が寝たるに足を食はれき

2023年11月29日(水)

朝は寒いが、昼はそこそこ。夜はまた寒くなるそうだ。

  西の空に明るく(て)らす残り月この月は時にわれらを領す

  みんなみに一朶の雲がわだかまるこの黒雲こそわが化身なれ

  妖怪のごとくに(かが)(なま)(ごみ)の袋を閉づる一家の(あくた)

『論語』学而一六 孔子が言った。「人の己を知らざることを患へず、人を知らざることを思ふ。」これは納得できる。

  人を知る努力を惜しむなと孔子が言ふめづらしくその章にうなづきにけり

『徒然草』217段 いろいろ書き並べて最後に言う。「大欲は無欲に似たり。」

  大欲は無欲に似たりさう言ひし兼好法師無欲に暮らすか

2023年11月28日(火)

朝は寒いが、今日は22℃くらいまで上がるそうだ。昨夜はビーバームーンだった。今朝も月は残っていた。とても明るい月だった。

  空に残るビーバームーン明るくて西の山なみ暁闇に照る

  さくら紅葉を拾ひに歩く小径あり大きな公園に進む径なり

  公園の中央に大木のけやきの樹黄色にあかるくもみぢしてをり

『論語』学而一五 子貢が孔子先生に聴いたことの後半がおもしろい。『詩経』に「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し」は、貧乏であっても道義を楽しみ、金持ちであっても礼儀を好むことは、このことでしょうと子貢が言うと、孔子は、子貢よ、それでこそ共に詩の話ができるね。前のことを話して聞かせるとまだ話さない後のことまで分かるのだからと言われた。

  「切磋琢磨」は『詩経』のことば子貢に言ふともに語らむ詩のあれこれを

『徒然草』216段 ここも北条時頼の逸話である。鶴岡八幡宮に参詣した機会に、足利義氏の邸へ、あらかじめ使者を遣わして立ち寄ったので、懇切に接待された。足利の名物、反物も十分に頂いたと、その時そばで見ていた者が、最近まで存命していて語ったという。まあこれも薀蓄といえるだろう。

2023年11月27日(月)

昨日は寒かったが、今日は少し温度が上がっている。

  日の出とともに妻が勤務(つとめ)に出でてゆく霜月二十七日駅までの道

  われもまた中古品なり古びたる欠陥があるわれならなくに

妻はこの春から玉川大学で書を学んでいる。

  墨の香がわづかに匂ふ妻にして玉川学園から帰り来たりし

『論語』学而一四 孔子が言った。君子は食に贅沢でなく、安楽な家をもとめることもない。「事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す」学を好むといえるだろうね。

『徒然草』215段 北条時頼の逸話 北条朝直が老いて後言ったことだが、酒の肴がないというので、小さな土器に味噌がついているのを見つけ、それで気持ちよく杯をかさねたという。

  酒のみには少しの味噌でことたりるこころよきなり杯重ねをり

青山文平『江戸染まぬ』(文春文庫)を読む。単行本が出たとき読んだはずだが、覚えていない。いささか理にうるさいが、おもしろかった。著者のあとがき「常温の日常をどう生きていくか」があって、この題になっていることばがいい。著者によれば、この語のような江戸時代を書くのだそうだ。

  青山文平の文庫になりし本を読む女が惚れしは祖父とは驚く