2023年11月26日(日)

寒い。6℃だという。昼間、上がっても11℃らしい。寒いのだ。空は雲が多い。

  シャツを脱ぎ、ズボンを脱げば(うづたか)し着衣重ねし布団の傍ら

  ミルク飴ほほばり歩む(へや)のうち狭いが口中甘やかに匂ふ

  卓上にちり紙一つしわくちやに居坐る(へや)をあたためてゐる

大辻隆弘『岡井隆の百首』(ふらんす堂)を読む。岡井は歌がうまいのかへたなのかよく分からない。選んだ中から三首ほどを。
・つきの光に花梨(くわりん)が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて
・一樹一樹青葉こまやかに吹く見ればどの木も仕事してゐるごとし
・しんしんと怒りの焔もゆるときわが老いふかきことを識りたり
『論語』学而一三 また有子である。信はうそをつかず約束を守る徳。それが確かなものとして完成するには正義に結びつかねばならないのだ、そうだ。

『徒然草』214段 想夫(さうふ)(れん)という楽は、もと相府(さうふ)(れん)である。蓮府(れんぷ)は大臣のこと。また廻忽(くわいこつ)も廻鶻の誤りである。廻鶻国という強大な野蛮国があったとか。

  またまたに兼好法師の蘊蓄なり役にたつのかどうか分からず

2023年11月25日(土)

三島由紀夫、森田必勝自決。あれから53年。今日は雲が多い。そして寒い。

  あの日から五十三年。三島由紀夫、森田必勝の自刃弔ふ

  二人の首を並べて写す新聞の首と血に動揺し忘れがたし

  電柱より平屋の屋根に飛び移るからすは既に町を領する

  あけぼの杉に茶の色まざる霜月や冬に入らむと葉を落としたり

永井荷風の戦中・戦後にかけた小説の入った『問はずがたり・吾妻橋』を読む。荷風は、けっして終戦などとは言わない。多く休戦であり、いつのまにか戦争は終っている。「問はずがたり」は、一人の画家の物語。若い奔放な女性たち。荷風には珍しい戯曲。そして「吾妻橋」。なかなかいいし、凄い。荷風には感心させられる。三島の死の時、もし荷風が生きていたとすれば、まず無視だろうと思うと荷風の凄さに、あらためて納得だ。
『論語』一二 有子の言、「礼の用は和を貴しと為す。」 礼には調和が貴いのである。
礼は主として冠婚葬祭その他の儀式の定めをいう。社会的な身分に応じた差別をするとともに、それによって社会的な調和をめざすのである。長くなるし、説教くさくなるので『徒然草』はお休み。

  『論語』とは為政者の書わたくしの(しやう)にはどうも合はないやうだ

2023年11月24日(金)

いい天気だ。リハビリで北の公園へ。歩きが早くなったと言われた。3時、久米さんくる。

  けふもまた廊下に椿(かめ)(むし)がうづくまる生死判別(わか)り難く虫には触れず

  椅子を引き椅子の背に手を添へながらふくらはぎを伸ばすふくらはぎ痛し

  柿の葉を写して何かたのしきに色探りつつ写しゆくなり

『論語』一一 孔子先生がいった。「父存せば其の志を観、父没すれば其の行ひを観る。三年、父の道を改むること無きを孝と謂ふべし。」3年かぁ。私の父の死は、1989年だから34年か。たしかに父の道を違えているか。3年は守っていたかなぁ。

  孔子先生むづかしいことは言つてない三年はさう長くはないか

ふーむ。
『徒然草』212段 「秋の月は、限りなくめでたきものなり。」

  秋の月このうへもなく美しと兼好法師さしづめ隠士

213段 天皇・上皇の火炉に火を置く時、火箸を使わないで、そのまま火を移すべし。岩清水八幡宮へ行く際には、潔斎の装束を着た者は火箸を用いてもよい。まあ薀蓄の一つだな。

2023年11月23日 新嘗(にいなめ)祭の日だ。

今日も晴天だが、南方に秋の雲がある。新嘗祭の日だから晴れるのだろうか。20℃になるとか。

  けやきの木、葉のしよぼしよぼが風に揺れ、遠くまで飛ぶ。その枯葉たち

  秋の木の枯葉のたまる欅への小径かさかさこそりと足裏たぬし

  病むからすほがらほがらに西へ(き)神々(かうがう)しきよ夕照りの山

『論語』一〇 子禽が子貢にたずねた「うちの先生(孔子)はどこの国へいっても政治の相談を受けるけれど、それは先生が望んでのことでしょうか」子貢が答えた。「孔子先生は温良恭倹(おんりょうきょうけん)(じやう)だ。だから相手の望むことを相談する。先生の求めかたは、他人の求めかたと違うらしい。」
子貢は、孔子の門人。孔子より31歳若い。
『徒然草』210段 呼子鳥がどのような鳥か明瞭にしめした文献がない。真言の行法についての書物には招魂の法の次第に書いてある。しかし、これは鵺である。万葉集の長歌に「霞み立つ長き春日の…ぬえこどり」と続けている。そうすると鵺鳥も呼子鳥の様子に似通っているように思える。

  呼子鳥の正体しれず書物には鵺のこととか書かれてゐるが

211段 「よろづのことは頼むべからず(あらゆることは、あてにできない)「人は天地の霊なり。天地限る所なし。人の性なんぞ異ならん。寛大にして極まらざる時は、喜怒これに障らずして、物のために煩うはず。」

  「人は天地の霊なり」と断乎断言したる兼好ぞよき

2023年11月22日(水)

今日も、ほんとうに晴れ。雲ひとつない朝だ。りんごが届く。須坂の甥だ。

  炊飯器の蓋をあければ新米の匂ひかぐはし妻のごときぞ

  ひよろひよろよろめく歩み木枯らしに吹き散るけやきの葉をば踏みしめ

  杖に頼り歩む野痩(やそう)のひとりにて足弱ならば小径にむかふ

『論語』九 曾子さんが言った。親を手厚く葬り祖先をお祭りしていけば、人民の徳も厚くなるであろう。ああ、うるさいんだよ。としかいえない。

  なんだらうこのうるささは『論語』とは腹のたつことしか言はず

『徒然草』208段 巻物の紐の結び方だが、また薀蓄だ。仁和寺の弘舜僧正について、「古き人にて、かやうのこと知れる人になん侍りける。」 209段 悪事を働くついでに、他人の田を刈り入れる者、僻事せんとてまかりける者たちなので、どの田でも刈り取ってしまう。その屁理屈が、おもしろい。おもしろいですましてよいのか。

  訴へに負けたる者がいいように田畑を荒すをただ見てゐるか

2023年11月21日(火)

寒いけれど朝はいい天気だ。だんだん温度が上がっていく。

  さながらに木々を紹介するやうに妻がゆく駐車場までわれは見下ろす

  冬はつとめて朝がよいなるほど朝の青涼ぞよし

  老いの性にもてあそばれて夢のうちもんもんとして幾度も覚む

『論語』八 孔子先生がいっている。「己れに如かざる者を友とすることなかれ。」これは言い過ぎだろう。『論語』嫌いになりそうだ。

  論語には言つてはならないことをいふ己れに劣るを友とする勿れ

『徒然草』206段 徳大寺実基のエピソード 牛が庁舎に上がっているのを「牛に分別なし」と言い、「怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る(奇怪なことを見ても、それを奇怪に思わない時は、かえってその奇怪なことは消えてしまう)」と言ったのだそうだ。
207段も実基のエピソード 亀山殿、後嵯峨院の造営した離宮を建てようとした時、そこに大量の蛇が凝り集まる塚が発見された。実基は「ただ皆掘り捨つべし」と言って塚を崩し、蛇は大井川に流した。その後祟りはなかった。

  掘り捨つべしと実基(さねもと)いふ塚あばき大き(くちなは)祟りなかるべし

2023年11月20日(月)

朝から晴天。なんともいい日だ。

なんだか父のことが懐かしい。61歳で亡くなった。生きていれば95歳だ。

  辰年は父の生れ年。龍昇るごとくたちまちあの世へむかふ

  シャワー浴びて湿つぽくなるわれならむ涙もろきは老いの証しか

須坂の義兄から柿やら林檎やら送られてくる。

  柿の葉を写してなにかたのしきに柿の葉は北信濃の兄から届く

『論語』七 子夏がいった、「賢は賢とし色に易へ、父母に事へて能く力をつくし、君に事へて身を致し、友との交際は誠実に、これを学びたりといふ」
意訳である。子夏は、孔子の門人。孔子より四十四歳若い。

  『論語』は癖が強くてなじまざる政治を司るひとが読むべし

『徒然草』203段 天皇の勘気を受けた所に靫を懸ける。五条の天神、鞍馬の靫の明神もそうだ。検非違使庁の下吏が家に靫を懸ければ人の出入りならず。このこと絶えて後、今の世には、封をつくる。

  またまた兼好法師の蘊蓄をかたる章段もうたくさんだ