6月14日(日)

曇っているが明るい。

茅ヶ崎市美術館に「牧野邦夫その魂の召喚」を観に

  多くの絵に塗り込められたる異形のものただ無関心なる表情をして

  牧野の像と千穂さんが対峙する場面あり。周囲を多くの顔が囲む

『孟子』告子章句下167-2 天子の諸侯に(ゆ)くを(じゆん)(しゆ)と曰ひ、諸侯の天子に朝するを(じゆつ)(しよく)と曰ふ。春は耕すを省みて足らざるを補ひ、秋は(をさ)むるを省みて(た)らざるを助く。其の(さかひ)に入るに、土地(ひら)け、田野治まり、老を養ひ賢を尊び、俊傑位に在れば、則ち慶有り。慶するに地を以てす。其の疆に入るに、土地荒蕪し、老を遺て賢を失ひ、(ほう)(こく)位に在れば、則ち(せめ)有り。一たび朝せざれば、則ち其の爵を(おと)し、再び朝せれば、則ち其の地を削り、三たび朝せざれば、則ち六師(りくし)之を移す。是の故に天子は(たう)じて(ばつ)せず。諸侯は伐して討せず。(ご)(は)は諸侯を(ひ)きて以て諸侯を伐する者なり。故に曰く、五覇は三王の罪人なりと。

  五覇は諸侯せありながら諸侯を討つゆゑに三王から罪せらるべき者なり

    *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳   

やっぱ休みだね。もうしばらくお待ちを。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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