今はいい天気だが、夜は雨らしい。
師にも晩年といふ穏やかなるときありしこの現世の汚辱を離れ
荒御魂 二つあひよる み墓山 わが哀しみも ここに埋めむ 弘彦
四月初旬に能登の羽咋の父子墓。師の歌と遇ふは嬉しきごとし
折口信夫と春洋の墓の寂しきところ妻と頭を下げてぞ祈る
『孟子』告子章句上150-3 一簞の食、一豆の羹も、之を得れば則ち生き、得ざれば則ち死す。嘑爾として之を与ふれば、道を行くの人も受けず。蹴爾として之を与ふれば、乞人も屑しとせざるなり。万鍾は則ち礼儀を弁ぜずして之を受く。万鍾我に於て何をか加へん。宮室の美・妻妾の奉・識る所の窮乏者の我に得るが為か。郷には身の死するが為にして受けず。今は宮室の美の為にして之を為す。郷には身の死するが為にして受けず。今は妻妾の奉にして之を為す。郷には身の死するが為にして受けず。今は妻妾の奉の為にして之を為す。郷には身の死するが為に受けず。今は識る所の窮乏者の我を得るが為にして之を為す。是れ亦以て已む可からざるか。此を之れ其の本心を失ふと謂ふ」
多くが本末転倒はなはだし人本来の良心を失ふ
*
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
をかしく屈まるものはただ 海老よ弶よ牝牛の角とかや 昔冠の巾子とかや翁の杖ついたる腰とかや (四句神歌・雑・三九一)
・
直なるものはただ 連枷や箆竹仮名のし文字 今年生えたる梅楚 幡鉾刺鳥竹とかや(四句神歌・雑・四三五)
【現代語訳】おもしろく曲がっているものは 何より海老よ、弶よ、牝牛の角とかいうことだ。昔風の冠の巾子とかさ。おじいさんが杖をついた腰とかね。
・
まっすぐなものは、何より連枷だね。それに箆竹、仮名の「し」の文字、今年生えた梅の細枝、幡鉾、刺鳥竹とかいうことだよ。
【評】曲がっているもの尽くしとまっすぐなもの尽くし、身近なものへの細かな観察眼が光る。「弶」は獣を捕える罠の一首。承平年間(九三一~九三八)に成立した辞書『和名類聚抄』に「久比知」の読みと「取獣械也」(「械」はしかけのある道具)の意味が記される。「巾子」は冠の後部に高く突き出た部分。髪を束ねた髻を入れ、根元を笄でとめる。
「連枷」は脱穀用の農具。竿の先に短い棒や割竹をつけ、振りまわして稲や麦を打つ。「箆竹」は矢の柄にする竹。「梅楚」は梅のまっすぐに伸びた若枝。「幡鉾」は上部に小旗をつけた鉾。法会などで用いる。鉾は両刃の剣に長い柄をつけたもの。「刺鳥竹」は上部に鳥黐をつけ、小鳥をとる竹竿。
三九一番歌は結句に翁への笑いを置き、「ふしの様がるは……翁の美女まり得ぬひとり臥し」(三八二)と同様の構成になっている。直前の「昔冠」も古風な冠という意味で老人とつながる。
四三五番歌はまっすぐな棒状の道具類を中心にあげた中に、仮名文字の「し」と、植物である梅の若枝をはさみ込み、一首の真ん中に意表をつくものを配する構成になっている。
『徒然草』六二段には、延政門院(悦子内親王)が幼かった時、父・後嵯峨天皇に対して詠んだ和歌「ふたつもじ牛の角もじすぐなるもじゆがみもじとぞ君はおぼゆる」が紹介されているが、「ふたつもじ」が「こ」、「牛の角もじ」が「い」、「すぐなもじ」が「し」、「ゆがみもじ」が「く」で、恋しく思うという意味である。ここにも、仮名文字の「し」を「直」とする把握が見える。なお、延政門院の和歌で平仮名の「い」に見立てられた牛の角はわずかに婉曲しながらも前に伸びている牝牛の角であろう。牝牛の角は三九一番歌今様で取り上げられていつように大きく曲がっている。牝牛の角は後ろに曲がっていて突けないところから、「牝牛の腹突かる」で、油断して思いがけない目にあうことをいう譬えにもなった。平治元年(一一五九)、二条天皇に献上された歌論集『袋草紙』上巻に、素人歌人と甘く見ていた相手に和歌を詠み負かされた良暹が「牝牛に腹突かれたるたぐひかな」と言った話が見える。