雨、ちょっと曇り、また雨。
さきがけのやうにほねなきみみずたち肉體さらし干乾びて死す
みみずの輾転反側を凝っと観る斎藤茂吉したしくおもふ
なにゆゑに実験のごとく身をさらし路上に干乾ぶ蚯蚓ありけり
『孟子』尽心章句上177 孟子曰く、「其の心を尽す者は、其の性を知るなり。其の性を知れば、則ち天を知る。其の心を存し、其の性を養ふは、天に事ふる所以なり。殀寿弐はず、身を修めて以て之を俟つは、命を立つる所以なり」
孟子が曰ふ惻隠・羞悪・辞譲・是非を極むれば人の本性善なるを知る
*
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
東より昨日来れば妻も持たず この着たる紺の狩襖に女換へたべ (二句神歌・四三七)
【現代語訳】東国から昨日やって来たばかりなので、妻も持っていません。この着ている紺の狩襖と娘さんを交換してください。
【評】東人の言葉をそのまま繰り返して、その武骨ぶりを笑う辛辣な一首。
「狩襖」は「狩衣」に同じ。室町時代前期の有職故実書『名目抄』に「狩襖 カリアヲ随身等之を着る。舎人の牛飼所用又此事也 然而又狩衣と号す」とある。元来、野外の鷹狩などに際して用いた衣で、平安貴族や身分のある武士などの平服。多様な品物があふれる広大な都の市では、何でも交換できるに違いないと考えた東人が、自分の着ている普段着と、妻になる娘とを交換したいという非常識な希望を述べた趣であり、都人の皮肉なまなざしが感じられよう。
藤原明衡(九八九?~一〇六六)の記した『新猿楽記』には「東人の初京上り」という演目が見え、はじめて上京した田舎人の愚鈍な振る舞いを滑稽に演じたものと考えられるが、当該今様は、そうした寸劇の中で演技を伴って歌われた可能性もあろう。
室町時代の狂言おいても、都のすっぱ(詐欺師)が田舎者をだますという筋立てがしばしば見られ、田舎人が都人にからかわれるという構成の芸能が時代を越えて続いていくことが確認できる。ただし、狂言においては、最終的にすっぱのたくらみがばれて追い込まれることもあり、逆転による笑いも生まれている。当該今様は、こうした狂言に先行する素朴な喜劇のあり方を窺わせる点でも興味深い。