5月3日(日)

曇りかな、ちょっと晴れそう。

  天に捧ぐる白き花。水木は父の死をかなしむか

  一九八九年四月二十二日享年六十一は惜しむべきなり

  葬儀、また後始末して勤めに出るその日水木の花満開なり

『孟子』万章章句下140 (せい)(せん)(わう)  (けい)を問ふ。孟子曰く、「王何の卿を之れ問ふや」と。王曰く、「卿同じからざるか」と。曰く、「同じからず。貴戚(きせき)の卿有り、異姓(いせい)の卿有り」と。王曰く、「貴戚の卿を請ひ問ふ」と。曰く、「君、大過有れば、則ち諫む。之れ反覆して聴かざれば、則ち位を(か)ふ」と。王 勃然として色を(へん)ず。曰く、「王(あやし)むこと勿れ。王、臣に問ふ。臣敢て正を以て(こた)へずんばあらず」と。王、色定まり、然る後異姓の卿を請ひ問ふ。曰く、「君 過ち有れば、則ち諫め、之を反覆して聴かざれば則ち去る」と。

  王と同姓の卿と異姓の卿にそれぞれの違ひありその進退も違ふ

    *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

清太が作りし御園生(みそのふ)に 苦瓜(にがうり)(あま)(うり)(な)れるかな (あこ)南瓜(だうり) 千々に枝させ(なり)(ひさご)ものな(のた)びそ(えぐ)茄子(なすび)   (四句神歌・雑・三七一)

【現代語訳】清太が作った御園に、苦瓜や甘瓜が実ったことだ。紅南瓜も。たくさんに枝を伸ばせ、瓢箪よ。熟しすぎて割れて口を開けなさるなよ、えぐい茄子よ

【評】清太の作った瓜類を並べ、擬人化した一首。前歌(→三七〇)を平氏政権への風刺と見る説は、当該今様も平家一門の隆盛を茶化したものと捉え、また、前歌(→三七〇)から男女の情交を読み取る説は、当該今様の瓜類をさまざまな女の比喩と見る。しかし、植物や動物の、物尽くしや擬人化に重点のある今様は多く、当該今様にことさら寓意を読み取る必要はないであろう。

「御園生」は植物の生育している場所(園生)を尊んで言う語。皇室、貴族や神社の領有する農園。「苦瓜」は蔓茘枝。実は長楕円形でいぼがある。「甘瓜」は真桑瓜。実は楕円形で緑黄色に熟し、縦に縞がある。単に「瓜」と言えばこの真桑瓜を指すことが多く、平安時代末に成立した『扇面古写経』「鳥獣人物戯画」『信貴山縁起絵巻』などの絵巻物には縞のある瓜がしばしば描かれている。「紅南瓜」は(きん)冬瓜(とうが)。実は赤く丸い。「生瓢」は瓢箪。「ものな宣びそ」は「ものをおっしゃるな」の意で、茄子が熟しすぎて割れることを、口を開けてものを言う様子に譬えた。茄子はその姿形からして、どことなく滑稽で親しみを感じる果菜であるが、平安時代中期の歌集『赤染衛門集』や『伊勢大輔集』などには、茄子で細工物を作ったことが見える。前者では、蓮の蕾を体にし、「おそろしげに節つきたる」茄子の実(おそらく茄子の実のような突起が生じた生理障害果であろう)を顔にして「法師」を作っており、後者では、一本の茄子を「猿」に作っている。時代は下るが、島根県美濃郡の田植歌に、

高い山からひよつくり上て谷底見れば 瓜が三味弾く胡瓜がはやす 日焼茄子が出て踊る

と見える。ここには、茄子と共に、瓜や胡瓜も並列されるが、茄子は結句に置かれており、詞章の中で繰り広げられる芸能において、中心的な役割を担っているらしい。さらに「日焼」の語が親しみと滑稽味を増している。当該今様も、種々の瓜の名を挙げた最後に、あくが強くえぐい味の茄子を配し、積極的な擬人化によっておかしみのある一首に仕立てている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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