今日も暑い。晴れだ。
わが師死す
信じがたきことの一つ。師のいのち百一歳に死すといふなり
おのづから涙ひとすぢ。師の死去を識るに意を得ず茫然たりき
いつかはと思ひしものの青紅葉繁り重なる今この時とは
『孟子』告子章句上150 孟子曰く、「魚は我が欲する所なり。熊掌も亦我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、魚を舎てて熊掌を取る者なり。生も亦我が欲する所なり。義も亦我が欲する所なり。二者兼ぬるを得可からずんば、生を舎てて義を取る者なり。生も亦我が欲する所なれども、欲する所生より甚だしき者あり。故に苟も得るを為さざるなり。死も亦我が悪む所なれども、悪む所死より甚だしき者有り。故に患も辟けざる所有るなり。
食物の好悪、生・義の好悪それぞれにあれどもわれは義を選ぶべし
*
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
小鳥の様がるは 四十雀鶸鳥 燕 三十二相足らうたる啄木鳥 鴛鴦鴨鴗鳰鳥川に遊ぶ
【現代語訳】小鳥の中で一風変わっていておもしろいのは、四十雀、鶸、燕、三十二相を備えている啄木鳥。鴛鴦、鴨、翡翠、かいつぶりは川に遊ぶよ。
【評】鳥尽くしの一首。
『枕草子』には「鳥は」の章段があり、否定的評価を与えられているものも含めて十八種類の鳥の名前があげられているが、当該今様と重なるのは鶸鳥と鴛鴦だけである。『枕草子』が長い評を付し、和歌にも頻繁に詠まれている鶯・時鳥みついて、当該今様が全くふれていないのも興味深い。文芸の世界であまりにも頻繁に取り上げられているものはあえてはずす、というのが今様の目指すところであったのだろう。
「四十雀」は雀ぐらいの大きさで、頭の黒、頬・腹の白、背中の灰色とコントラストがはっきりしている。「鶸鳥」は金翅雀とも書く。ふつう真鶸という。雀より小さく体色に黄色みがある。「鴗」は翡翠の異称。雀ぐらいの大きさで、頭から背にかけては青色、胸から腹にかけてはオレンジ色である。長い嘴を持ち、水中の小魚などをとらえる。「鳰鳥」はかいつぶりの異称。鳩ぐらいの大きさで、全体に茶色の体色である。尾がなく、丸みを帯びた体型で、頻繁に潜水を繰り返す。
この今様で重みをもたされているのは「三十二相足らうたる」で形容されている啄木鳥らしい。なぜ啄木鳥が三十二相(仏の体が備えている三十二の具体的な特徴)を具足しているとされたのかについては、聖徳太子に討たれた物部守屋の怨霊が啄木鳥となり、太子の建立した四天王寺をつつき壊したという伝説と、守屋を地蔵菩薩の生まれ変りとする伝説を重ねあわせて、守屋を媒介に啄木鳥から地蔵菩薩が連想され、そこからさらに仏の三十二相が連想されたとする説、木をつつく音を三十二相の一つである梵声相(仏教を守る神・梵天のように五種の音声を出す)と対応させる説など、諸説ある。
藤原家隆(一一五八~一二三七)の歌集『壬二集』には「ふりにける森の梢に移り来てあかずがほなる啄木鳥かな」(年月を経た森の梢に移って来て、飽きることもない顔つきで木をつついている啄木鳥よ)とあって、飽きもせずせっせと木をつつく啄木鳥は、いかにも人間の感情移入を誘うものであった。藤原実資の日記『小右記』寛和三年(九八七)正月六日条には「啄木舞」という舞の名も見え、高い木の枝に上って啄木鳥のように舞う舞があったらしい。一般に鳥といえば飛翔のさまを連想するが、啄木鳥は空を飛ぶことに加えて、木を素早くつつきながら、幹の周囲を器用にめぐることができる。その優れた身体能力への関心が「三十二相」の譬えを導き、また、「啄木舞」を生んだものであろう。
当該今様全体を見ると、素材配列にもさまざまな工夫がなされていることがわかる。まず「四十雀」から「啄木鳥」までの陸地の鳥と、「鴛鴦」から「鳰鳥」までの水鳥との対比があり、陸地の鳥の中で、四十と三十二の数字を対比している。「川に遊ぶ」はその前の四種の鳥すべてにかかるとも考えられるが、特に直前の「鳰鳥」はしばしば潜水し、潜ったところからかなり離れた、思いがけぬ場所にひょつこり顔を出すので、「遊ぶ」と擬人化されるのには最もふさわしい。陸地の鳥の最後が木をつつく啄木鳥、水鳥の最後が潜水するかいつぶり、と、「様がる」(風変りな)小鳥の中でも特におもしろいものを強調するような配置になっているのである。