今日も晴れて、気温が上がるらしい。
蝉谷めぐ実『見えるか保己一』を読む。時間はかかったものの、凄い小説だ。『群書類従』を編纂した塙保己一を小説にしたものは、おそらく初めてだろう。だから単純に保己一の伝記のようなものだと思って読み始めたが、伝記的要素もありながら、描かれているのは盲と目明きの葛藤だ。
盲目の国学者だが、友人、妻、学者仲間、弟子らとのすれ違いこそが小説のテーマだ。「目があれば。/そんな思いが保己一の頭を過ったことなど、蚕の卵の数でも足りぬほど。」すれ違いは盲にも目明きにも辛いものだった。それでも最終章、幼なじみの死をまえにした嘘には泣かされた。
それぞれの章名にも掛詞が使われ、いやいやすごい。第一章「むしの子」(虫の子/霧視の子)、第二章「えんていの水」(淵底の水/園庭の水)、第三章「すでに触れて」(素手に触れて/既に触れて)、第四章「はんぎ、蔵にて」(版木、蔵にて/半疑、蔵にて)、第五章「どうしゅうの人」(導衆の人/銅臭の人)、第六章「眩くて眩む」(まばゆくて/くらむ)。第六章は色合いが違うが、他はどれも掛詞だ。なんか、すごいのだ。蝉谷めぐ実さんは1992年生まれ、30代半ばということになる。
わが孫は一木造りの赤兜、爺のわれは義経兜に端午の節供
兜などとうに被らず。時経たるに世界全土に戦争止まず
菖蒲湯にゆつくり浸かり戦ひの気を養ふか七十のわれ
ゆつくりと足湯に裸足の足つけて平和への論議を皆でせむか
『孟子』告子章句上149 孟子曰く、「王の不智を或むこと無かれ。天下生じ易きの物有りと雖も、一日之を暴め、十日之を寒さば、未だ能く生ずる者有らざるなり。吾見ゆること亦罕なり。吾退きて之を寒す者至る。吾萌すこと有るを如何せんや。今、夫れ奕の数為る、小数なれども、心を専らにし、志を致さざれば、則ち得ざるなり。奕秋は、通国の奕を善くする者なり。奕秋をして二人に奕を誨へしむるに、其の一人は心を専らにし志を致し、惟奕秋に之を聴くことを為す。一人は之を聴くと雖も、一心には以為へらく、鴻鵠将に至らんとする有りと。弓繳を援きて之を射んことを思はば、之と俱に学ぶと雖も、之に若かず。是れ其の智の若かざるが為か。曰く、然るには非ざるなり」
君子たるは知恵ではなくて専心志を打ち込むことなり
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
烏は見る世に色黒し 鷺は年は経れどもなほ白し 鴨の頸をば短しとて継ぐものか 鶴の脚をば長しとて切るものか (四句神歌・雑・三八六)
【現代語訳】烏は見るからに色が黒い。鷺は何年たってもやはり白いままだ。鴨の頸が短いからといって継ぎ足してよいものか。鶴の脚が長いからといって切ってしまってよいものか。
【評】あるがままの自然なあり方を主張する『荘子』の二つの比喩を合成した鳥尽くし。
『荘子』天運に「夫れ鵠は日ごとに浴せざるも白く、烏は日ごとに黔めざるも黒し」とあり、同じく駢拇に「鳬の脛は短しと雖も之を続がば則ち憂へ、鶴の脛は長しと雖も之を断たば則ち悲しむ」とあるものを合わせた。
前半部分について、『荘子』においては鵠(白鳥)と烏の対比だったものを、今様では鷺と烏の対比にしている。時代は下るが、お伽草紙の『鴉鷺物語』は、さまざまの鳥が烏方と鷺方に分かれて戦う物語で、鷺と烏の対比が見られる。水墨画の素材としてもしばしば鷺と烏が組み合わされて登場する。
後半部分について、『荘子』においては鴨と鶴それぞれの「脛」が取り上げられているのに対し、今様は「鴨の頸」と「鶴の脚」にずらしておもしろみを出している。 『荘子』は比喩を用いて無為自然の理を説いているが、当該今様は、四種類の鳥を出して、黒と白、「頸」と「脚」、「短し」と「長し」といった対比を楽しむことに主眼を置く。軽妙な言葉遊びも一首として巧みに仕立てられていよう。