5月17日(日)

今日も晴れて、気温が上がるらしい。

蝉谷めぐ実『見えるか保己一』を読む。時間はかかったものの、凄い小説だ。『群書類従』を編纂した塙保己一を小説にしたものは、おそらく初めてだろう。だから単純に保己一の伝記のようなものだと思って読み始めたが、伝記的要素もありながら、描かれているのは盲と目明きの葛藤だ。

盲目の国学者だが、友人、妻、学者仲間、弟子らとのすれ違いこそが小説のテーマだ。「目があれば。/そんな思いが保己一の頭を過ったことなど、蚕の卵の数でも足りぬほど。」すれ違いは盲にも目明きにも辛いものだった。それでも最終章、幼なじみの死をまえにした嘘には泣かされた。

それぞれの章名にも掛詞が使われ、いやいやすごい。第一章「むしの子」(虫の子/霧視の子)、第二章「えんていの水」(淵底の水/園庭の水)、第三章「すでに触れて」(素手に触れて/既に触れて)、第四章「はんぎ、蔵にて」(版木、蔵にて/半疑、蔵にて)、第五章「どうしゅうの人」(導衆の人/銅臭の人)、第六章「眩くて眩む」(まばゆくて/くらむ)。第六章は色合いが違うが、他はどれも掛詞だ。なんか、すごいのだ。蝉谷めぐ実さんは1992年生まれ、30代半ばということになる。

  わが孫は一木(いちぼく)造りの赤兜、(ぢぢい)のわれは義経兜に端午の節供

  兜などとうに被らず。時経たるに世界全土に戦争止まず

  菖蒲湯にゆつくり浸かり戦ひの気を養ふか七十のわれ

  ゆつくりと足湯に裸足の足つけて平和への論議を皆でせむか

『孟子』告子章句上149 孟子曰く、「王の不智を(あやし)むこと無かれ。天下生じ易きの物有りと雖も、一日(いちじつ)之を(あたた)め、十日(じふじつ)之を(ひや)さば、未だ能く生ずる者有らざるなり。吾(まみ)ゆること亦(まれ)なり。吾退(しりぞ)きて之を(ひや)す者至る。吾(きざ)すこと有るを(いか)(ん)せんや。今、(そ)(えき)(すう)(た)る、小数(せうすう)なれども、心を(もつぱ)らにし、志を致さざれば、則ち得ざるなり。(えき)(しう)は、(つう)(こく)の奕を善くする者なり。奕秋をして二人(ににん)に奕を(をし)へしむるに、其の一人(いちにん)は心を専らにし志を致し、(ただ)奕秋に之を聴くことを為す。一人は之を聴くと雖も、一心(いつしん)には(お)(も)へらく、鴻鵠(こうくこく)将に至らんとする有りと。弓繳(きゆうしやく)(ひ)きて之を射んことを思はば、之と(とも)に学ぶと雖も、之に(し)かず。是れ其の智の(し)かざるが(ため)か。曰く、然るには非ざるなり」

  君子たるは知恵ではなくて専心志を打ち込むことなり

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

烏は見る世に色黒し 鷺は年は経れどもなほ白し 鴨の頸をば短しとて継ぐものか 鶴の脚をば長しとて切るものか  (四句神歌・雑・三八六)

【現代語訳】烏は見るからに色が黒い。鷺は何年たってもやはり白いままだ。鴨の頸が短いからといって継ぎ足してよいものか。鶴の脚が長いからといって切ってしまってよいものか。

【評】あるがままの自然なあり方を主張する『荘子』の二つの比喩を合成した鳥尽くし。

 『荘子』天運に「夫れ鵠は日ごとに浴せざるも白く、烏は日ごとに黔めざるも黒し」とあり、同じく駢拇に「鳬の脛は短しと雖も之を続がば則ち憂へ、鶴の脛は長しと雖も之を断たば則ち悲しむ」とあるものを合わせた。

前半部分について、『荘子』においては鵠(白鳥)と烏の対比だったものを、今様では鷺と烏の対比にしている。時代は下るが、お伽草紙の『鴉鷺物語』は、さまざまの鳥が烏方と鷺方に分かれて戦う物語で、鷺と烏の対比が見られる。水墨画の素材としてもしばしば鷺と烏が組み合わされて登場する。

後半部分について、『荘子』においては鴨と鶴それぞれの「脛」が取り上げられているのに対し、今様は「鴨の頸」と「鶴の脚」にずらしておもしろみを出している。   『荘子』は比喩を用いて無為自然の理を説いているが、当該今様は、四種類の鳥を出して、黒と白、「頸」と「脚」、「短し」と「長し」といった対比を楽しむことに主眼を置く。軽妙な言葉遊びも一首として巧みに仕立てられていよう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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