一日曇りらしいが、今は明るい。
谷崎潤一郎『幼少時代』を読む。後からの回想とはいえ細かい、繊細、微細、よくこんなことまで覚えているな、と感心・関心。淡々と事実を記しているのだろうが、稲葉清吉先生の文学教育。先生の欧文・漢文・古典などの教養の豊富なこと、谷崎も谷崎らしく、こんな子どもの時代からと思わせる。ちょっと恐ろしい、びっくりするほどの記憶・回想である。
夕暮れになれば目の玉おぼろにて点眼薬落とす百発百中
点眼を始めし頃はへたくそで目の周囲濡れて涙せりけり
だんだんに目薬さすもうまくなり涙にならず目玉にをさまる
『孟子』告子章句下175 孟子曰く、「舜は畎畝の中より発り、傳説は版築の間より挙げられ、膠鬲は魚塩の中より挙げられ、管夷吾は士より挙げられ、孫叔敖は海より挙げられ、百里奚は市より挙げらる。故に天の将に大任を是の人に降さんとするや、必ず先づ其の心志を苦しめ、其の筋骨を労せしめ、其の体膚を餓ゑしめ、其の身を空乏にし、行ふこと其の為さんとする所に払乱にせしむ。心を動かし性を忍ばせ、其の能くせざる所を曾益せしむる所以なり。人恒に誤ちて、然る後に能く改め、心に困み、慮に衡はつて、而る後に作り、色に徴れ、声に発して、而る後に喩る。入りては則ち法家払士無く、出でては則ち敵国外患無き者は、国恒に亡ぶ。然る後に、憂患に生じて、安楽に死することを知るなり」
憂患有りてこそ生き抜き安楽にすれば死亡するなり
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
われは思ひ人は退け引くこれやこの 波高や荒磯の 鮑の貝の片思ひなる
(二句神歌・四六三)
【現代語訳】私はあの人を思い、あの人は私から離れていく。これがまあ、あの波の高い荒磯にすむ鮑の貝の片思いというものなのか。
【評】鮑に寄せた片思いの歌。鮑の殻は、一見すると二枚貝の片側だけに見えるところから、片思いに通じるものとして歌われた。よく知られているのは、『万葉集』巻一一の、
伊勢の海人の朝な夕なに潜くといふ鮑の貝の片思にして (二七九八)
(伊勢の海人が朝に夕に潜って取るという鮑の貝のように、私は片思いのままで)
であろう。これは平安時代の私撰集『古今和歌六帖』にもとられており、『梁塵秘抄』には、伊勢の海に朝な夕なに海人のゐて 取り上ぐなる 鮑の貝の片思ひなる (四六二)
と少し手を加えたものが収められている。四六三番歌は四六二番歌と結句を同じくするが、「われは思ひ人は退け引く」という直截的で強い調子や「これやこの」といった強調表現によって、だいぶ趣の異なる激しさを持った一首になっている。『梁塵秘抄』には「わが身やつれて男退け引く」(四〇九)の例があるが、あるいは衰貌によって、あるいは激しい情念のために男に去られる女のやりきれなさが、「退け引く」の語から惻惻と迫ってくる。
「波高や荒磯の」は波の高い荒磯(岩の露頭した海岸)の意で、蚫の生息する場所を示すが、「恋を妨げるものというイメージが伴う」とも、「劇しい心情の動きを捉える」とも考えられる。
室町時代末期の流行歌謡・小歌にも、何となる身の果てやらん しほに寄り候片し貝
(『閑吟集』)
(これからどうなっていく私の身だろう。あの人の愛嬌にひかれて片思いをする私は、潮に弄ばれる片貝のようなもの)
のように、片し貝(二枚貝の一片)に寄せて片思いを歌ったものがあるが、小歌は、「しほ」に愛嬌の意と海の潮とを掛け、「なる身」に歌枕の「鳴海」を掛けた言葉遊びの色合いが濃く、洒落た軽やかなものになっている。当該今様の強さ、激しさとは好対照をなしていると言えよう。