雨・あめ・雨・あめ
カステラは南蛮渡りの菓子ならむ彼方の海を乗り越えて来し
カステラを喰へばわづかに匂ひくるレモンの香するたのしきものよ
わが前の皿に歪みて立つカステラふはふはの生地うまさうにして
『孟子』告子章句下176 孟子曰く、「教へも亦術多し。予之が教誨を屑しとせざる者も、是れ亦之を教誨するのみ」
教育にも方法がある私が教へ諭すを拒絶するこれも反省、教育ならむ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
高砂の高かるべきは高からで など比良の山高々と高く見ゆらん (二句神歌・四六六)
【現代語訳】高砂はその名の通りなら高くあってしかるべきなのに、反対にどうして平という名を持つ比良の山が高く高くとても高く見えるのだろう。
【評】名実にそぐわないことに興じる言葉遊びの歌(一六)。「高」を七回繰り返して軽快なリズムを作り出している。
「高砂」は兵庫県高砂市。海沿いの地である(四四三)。「比良の山」は琵琶湖西岸沿いに連なる山地。高い峰が二か所あり、北の武奈ヶ岳は一二一四メートル、南の蓬莱山は一一七四メートル。滋賀県では最も高い山である。
『梁塵秘抄』には、「聖の好むもの 比良の山をこそ尋ぬなれ 弟子やりて……」(四二五)の一首もあり、比良の山が聖たちの道場として栄えていたらしいことが窺われる。音の繰り返しのおもしろさもさることながら、「高々高」は、そうした比良山を馳せる聖たちへの崇敬を含んだ強調表現とも見られよう。