雨です。晴れるといってますが。
はなびらが散らばるところを鏡花記念館・秋聲記念館歩みゆくなり
帳尻を合せるやうに三日目は雨のしたたる犀星記念館
帰りの新幹線は時折に雨やむものを東京は雨
『孟子』万章章句下138‐3 斉の景公田す。虞人を招くに旌を以てす。至らず。将に之を殺さんとす。『志士は溝壑に在るを忘れず。勇士は其の元を喪ふを忘れず』と。孔子奚をか取れる。其の招きに非ざれば、往かざるを取れるなり」と。曰く、「敢て問ふ。虞人を招くには何を以てするか」と。曰く、「皮冠を以てす。庶人は旃を以てし、士は旂を以てし、太夫は旌を以てす。大夫の招きを以て、虞人を招けば、虞人死すとも敢て往かず。士の招きを以て、庶人を招けば、庶人豈敢て往かんや。況や不賢人の招きを以て、賢人を招くをや。賢人を見んと欲して、而も其の道を以てせざるは、猶ほ其の入ることを欲して、而も之が門を閉づるがごときなり。夫れ義は路なり。礼は門なり。惟君子は能く是の路に由り、是の門を出入す。詩に云ふ、『周道は底の如く、其の直きこと矢の如し。君子の履む所、小人の視る所』と」万章曰く、「孔子は君命じて召せば、駕するを俟たずして行けり。然らば則ち孔子は非なるか」と。曰く、「孔子は仕ふるに当りて官職有り。而して其の官を以て之を召せばなり」と。
孔子には君に仕へて官職ありその役目ゆゑ即座に出づる
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
このごろ京に流行るもの 肩当腰当烏帽子止 襟の堅つ型錆烏帽子 布打の下の袴 四幅の指貫 (四句神歌・雑・三六八)
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このごろ京に流行るもの 柳黛髪々似非鬘 しほゆき近江女女冠者 長刀持たぬ尼ぞなき (四句神歌・雑・三六九)
【現代語訳】このごろ都にはやるものは、肩当、腰当、烏帽子止、襟が角張って立つ型、錆烏帽子、布で裏打ちをした下袴、四幅で仕立てた指貫。
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このごろ都に流行るものは、眉墨で描いた柳眉、さまざまな髪型、ごまかしの鬘、しほゆき、近江女、男装の女、長刀を持たない尼などいないことだよ。
【評】都に流行るもの尽くしの二首。前者は男性の、後者は女性の風俗を取り上げている。
三六八番歌の「肩当」「腰当」は角張らせるために布の裏の肩の部分あるいは腰の部分びつける布。「烏帽子止」は烏帽子が頭から落ちるのを防ぐため、後ろにさす串。「錆烏帽子」は皺を多くつけた烏帽子。「四幅の指貫」は、普通八幅・六幅(「幅」は布の幅を指す単位で訳三〇センチメートル)の布で仕立てていたところを四幅で仕立てた、細身で丈の短い指貫。指貫は裾をくくるようにした袴。全体として歌われているのは、衣に糊や当て布をつけたり、烏帽子に漆を塗ったりして、硬くこわばらせた強装束の様子である。嘉応二年(一一七〇)序の歴史物語『今鏡』みこたち「花のあるじ」によれば、ゆったりとした柔らかな萎装束から強装束への移行は、鳥羽院(一一〇三~一一四七)らを中心に進められていったという。まさに流行歌謡の素材としてふさわしい最先端のファッションであった。
三六九番歌は本文にやや読みにくいところがあるが、「柳眉」「髪々」「似而非鬘」は女性の化粧に関わる事柄を並べたもの、「しほゆき」「近江女」「女冠者」はそれぞれ特徴のある女性の集団を並べたものととっておきたい。
「柳黛」は、眉墨で描いた柳の葉のように細く形のよい眉。平安時代末に成立した辞書『色葉字類抄』には、「柳黛 美女分 リウタイ」とあって、「りうたい」の読みが示され、美女の一要素という意義分類がなされている。「髪々」をさまざまな髪型と解すると、これは特に評価を含まないものであるが、「似而非蔓」(「えせ」はまやかしものの意。「蔓」は頭髪を補うための毛)となれば、「ごまかし」といった負の評価が入り込むことになる。すなわち、美女の要素である「柳黛」から、醜さを隠すものへという並びになっていると見られるのである。
「しほゆき」は未詳、「近江女」は近江国(現在の滋賀県)を根拠地とする遊女の類であろうか。「女冠者」は「冠者」が若い男の意なので、男装の若い女ということか。長刀を振り回す尼とあわせて読むと、「しほゆき」「近江女」「女冠者」はいずれも、活発な勢いを持った女性の集団だったかと推測される。「近江女」には、『源氏物語』で「今姫君」として現れ、活発に動き回り、早口でしゃべり続ける「近江君」も思い合わされるところである。
男女の風俗が大きく変化していく様子は乱世の反映とも見られるが、そのような時代のダイナミックなうねりがよく伝わってくる。