奈良は暑いほどの青天。
テロルの言葉を心に深く受けとめて嘘にしてはならぬと思ふ
目指すのは「世界の修正」。難しきことなれどかく思ふが肝要
「是の漂へる国を修理固成せと詔りごちて、天沼矛を賜ひて言依さし賜ひき」
修理固成こそ昭和維新の原基なり天の沼矛を持ちてテロルへ
『孟子』告子章句上147 孟子曰く、「富歳には子弟頼多く、凶歳には子弟暴多し。天の才を降すこと、爾く殊なるに非ざるなり。其の、其の心を陥溺する所以の者然るなり。今、夫れ麰麦、種を播して之を耰す。其の地同じく、之を樹うる時又同じ。浡然として生じ、日至の時に至りて皆熟す。同じからざる有りと雖も、則ち地に肥磽有り、雨露の養ひ、人事の斉しからざればなり。故に凡そ類を同じうする者は、挙相似たり。何ぞ独り人に至りて、之を疑はん。聖人にも我と類を同じうする者なり。故に龍子曰く、『足を知らずして履を為るも、我其の萁為らざるを知る』と。履の相似たるは、天下の足同じければなり。
いにしへの龍子がいふ寸法を知らずして履を作るも相似たり
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
ふしの様がるは 木の節萱の節山葵の蓼の節 峰には山臥谷には鹿の子臥し翁の美女まり得ぬひとり臥し
【現代語訳】ふしの中で一風変わっていておもしろいのは、木の節、萱の節、山葵や蓼の節。峰には山伏、谷には鹿の子が臥している。おじいさんが美女をものにできなくて寂しい一人臥し。
【評】語尾に「フシ」のつくものを並べた物尽くしの一首。はじめに植物の「節」を並べ、ついで「臥す」という人や動物の行為に移る。結句に説明の言葉を続けた重みがあり、意表をつく滑稽な内容でまとめている。
「様がる」は風変わりでおもしろそうだ、の意だが、『梁塵秘抄』には「様がる滝」(三一四)、「小鳥の様がるは」(三八七)、「山の様がるは」(四三〇)、「この巫女様がる巫女よ」(五六〇)など、例が多い。何か変わったおもしろそうなものへの旺盛な好奇心は、今様という流行歌謡の性格をよく表していよう。(三五七)
「萱」はチガヤ、ススキ、スゲなど細長くて強い葉を持つイネ科の草の総称。葉を刈り取って屋根を葺いたり、草壁の材料にしたりする。「山葵」はアブラナ科の多年草。地下茎は香辛料として利用される。「山葵の」の「の」は並列をあらわす。「蓼」はタデ科の植物の総称。原野に最も多く見られるのはイヌタデで、秋に紅色の花穂をつけ、あかまんまとして親しまれる。食用になるのはヤナギタデで、唐木が強く香辛料になる。正倉院文書にも名が見え、奈良時代から栽培されていたことが知られる。平安時代の和歌においても、
八穂蓼も河原を見ればおいにけりからしや我も年をつみつつ (『好忠集』)
(穂の多い蓼も、河原を見るとまあ大きくなったものだなあ。つらいことには私も、からい蓼の葉を摘んでいるうちに、年を積んで老いてしまったよ)
くれなゐの色なりながら蓼の穂のからしや人の目にも立てぬは (『山家集』)
(目につく紅の色でありながら、蓼の穂は人が見ようともしないのは、蓼がからいようにつらいことだ)
のように、蓼の味のからいことに注目し、つらい意を掛けている例が多い。
『山臥』は山野に臥して苦行する修行者。
「鹿の子臥し」については、文字通り、鹿の子が臥していると見る説のほか、雄鹿のイメージを見る説、雌雄の鹿の共寝と見る説がある。和歌においては、次のように「雄鹿臥す」が、ひとまとまりの表現として繰り返し登場し、妻を恋う雄鹿が孤独に臥している様子が想起されやすい。
雄鹿臥す茂みにはる葛の葉のうらさびしげに見ゆる山里(『後拾遺和歌集』雑五・大中臣能宣)
(雄鹿の臥す茂みに蔓を延ばしている葛の葉が翻り、寂しげに見える山里だよ)
独り寝やいとどさびしき小雄鹿の朝臥す小野の葛の浦風(「新古今和歌集」秋下・藤原顕綱)
(独り寝はひとしお寂しいことであろうか。雄鹿が朝寝する野の葛の葉裏を翻して吹く秋風よ)
雄鹿臥す夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふ比かな(『新古今和歌集』恋一・坂上是則)
(雄鹿が臥している夏野の草が道もないまでに茂って人を迷わせるように、私も絶え間ない思いで恋路をさまよっているこの頃よ)
「まり」は、共寝する、妻とするの意の「まく」の連用形「まき」が転訛したものであろう。翁と若い女性の取り合わせは、『梁塵秘抄』の他の歌にも「娑婆にゆゆしく憎きもの……頭白かる翁どもの若女好み」(三八四)のように批判的に捉えられている。
当該今様の後半は、修行者である山伏、妻を恋いもとめる雄鹿、独り寝の翁といずれもわびしい一人臥しを並べている。翁の独り寝に対しては揶揄の調子も感じられるが、三種の孤独な一人臥しのつらさが、掛詞として前半の山葵や蓼のからさと響き合っているようにも捉えられ、味わい深い。