5月24日(日)

曇り、曇り。寒い。

  ページをめくりわが目指したる歌を読む。この喜びに涙ぐみたり

  『岡野弘彦全歌集』、無造作に畳の上にあればころぶ

  昭和百年の年に師の死あり。昭和にこだはるか戦中派として

『孟子』告子章句上154 孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬれば、則ち養ふ所を兼ぬ。尺寸(しやくすん)(ふ)も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養はざること無きなり。其の善不善を考ふる所以の者は、豈他有らんや。(おのれ)に於て之を取るのみ。体に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養ふ者は小人為り。其の大を養ふ者は大人為り。

  小なるを養ふ者は小人なり大なるを養ふは大人ならむ

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

見るに心の澄むものは 社(こぼ)れて禰宜(ねぎ)もなく (はふり)りなき 野中の堂のまた破れたる 子産まぬ式部の老いの果て  (四句神歌・雑・三九七)

【現代語訳】見ると心が澄みわたっていくものは、神社がこわれて禰宜もおらず、祝もいないもの。野中の堂のまた破損したもの。子を産まなかった女官の老いの果て。

【評】心の澄むもの尽くし。荒廃したもの時に凄惨と言ってよいようなものを見つめて、心が冴え冴えと澄みわたることを歌う。『梁塵秘抄』には、心の澄むもの尽くしとして、つぎのような今様も収められている。

心の澄むものは 秋は山田の庵ごとに 鹿驚かすてふ(ひ)(た)の声 衣して打つ槌の音  (三三二)
(心が冴え冴えと澄んでくるものは、秋になって山田の番小屋ごとに聞こえてくる、鹿を驚かして追い払うという鳴る子の音、家々でしきりに衣を打つ槌の響き)

心の澄むものは 霞花園夜半(よは)の月 秋の野辺 上下も分かぬ恋の路 岩間を漏り来る滝の水  (三三三)
(心が冴え冴えと澄んでくるものは、春霞、花園、夜半の月、秋の野辺。身分の上下を区別しない恋の路、岩の間を漏れ出て来る滝の水)

これらが、文学的伝統にのっとって、物寂しい趣を持ちながらも春秋の美しい風情や恋の情緒を歌うのに対し、当該今様は、荒れ果てた風景と孤独な女の老いの果てを取り上げて、新しい境地を切り開いている。「禰宜」「祝」は神官の一つで、宮司や社主の下に位置するのが禰宜、祝はさらにその下に位置する。「式部」は父や兄に式部省の役人がいる女官の呼び名で、紫式部、和泉式部などが例にあげられるが、ここでは式部に代表させて、女官一般を指していると見られる。しかるべき教養を身につけ、華やかな宮廷生活を味わった女官が、老いて宮廷を離れ、頼るべき子もない状態に置かれた心細さは、前半生が華やかであればあっただけい、いっそう強く身に迫ったであろう。

「子産まぬ式部」に、生涯異性と未交渉の清楚な聖女の姿を見る説もあるが、「子産まぬ」ことがすぐに聖性と結びつくとは言えないであろう。あるべきものが欠け、荒れ果てたものを列挙する一首の構成からは、「子産まぬ式部」は、頼るべき子も欠けている、その孤独を強調しているものと考えられる。

荒廃の美とでもいうべきものへの傾斜は、西行(一一一八~一一九〇)の和歌にも見られ、時代の美意識を考える上で興味深い。

つばな咲く北野の茅原褪せゆけば心すみれぞ生ひかはりける (『山家集』)
(茅花を抜き取った北野の茅原は荒れてゆき、菫が生えてくるのは心が澄む光景であるよ)

西行詠は、「菫」に「澄み」を言い掛けているが、和歌史において、菫が廃園に咲く 花と捉えられてきたことを考慮に入れると、この詠歌は当該今様と一脈通じるものがあろう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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