雨だけども曇り、そして晴れてくるらしい。
あぢさゐの藍の花咲くその上に沙羅の木あれば白き花着く
沙羅の木の花に守られ咲くごときあぢさゐどこか臆病に見ゆ
スマートフォンに今朝の曇りの端にあるあかるきところ朧日みゆる
『孟子』告子章句下169 孟子曰く、「今の君に事ふる者は曰く、『我能く君の為に土地を辟き府庫を充す』と。今の所謂良臣は、古の所謂民の賊なり。君、道に郷はず、仁に志さざるに、而も之を富まさんことを求む。是れ桀を富ますなり。『我能く君の為に与国を約し、戦へば必ず克つ』と。今の所謂良臣は、古の所謂民の賊なり。君、道に郷はず、仁に志さざるに、而も之が為に強戦せんことを求む。是れ桀を輔くるなり。今の道に由り、今の俗を変ずること無くば、之に天下を与ふと雖も、一朝も居ること能はざるなり」
君が正し道に向かはず仁に志さなきに現在の悪風を糺さざればだめだ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
春の野に 小屋を構いたるやうにて突い立てる鉤蕨 忍びて立てれ下衆に取らるな
(二句神歌・四五一)
【現代語訳】春の野に、小屋を建てたように突っ立っているよ鉤蕨よ。こっそり立っておいで、卑しい男たちに採られるなよ。
【評】蕨を擬人化して呼びかける一首。「鉤蕨」は、頭が鉤状に曲がっているところから言ったもの。蕨を少女によそえたものとする説、小屋の中のものを盗られるな、の意を掛けた言葉遊びの歌と見る説がある。当該今様の後には撫子の歌が置かれており(四五二)、『梁塵秘抄』の配列上は、植物に見立てた少女への愛着を歌う歌が並べられたものと見られる。さらに、「鉤蕨」の「鉤」は戸締りの道具であり、盗む、盗まれるといった内容を連想させやすく、言葉遊びの要素も含んだ一首と言えよう。建長六年(一二五四)に成立した説話集『古今著聞集』巻一二には、山の蕨がたびたび盗まれるのに閉口して、
山守のひましなければ鉤蕨盗人にこそ今はまかすれ
(いくら山の番をしても、蕨がこんなにどんどん盗まれてしまってはどうしようもない。今はもう鉤蕨のその鉤を盗人にまかせてしまうほかあるまい)
という歌を詠んだ話が見える。また貞治三年(一三六四)成立、第一九番目の勅撰集
『新拾遺和歌集』には、
けふの日はくるる外山の鉤蕨あけば又みんをり過ぎぬまに (雑下・藤原知家)
(今日の日はもはや暮れてしまった。外山の鉤蕨は夜が明けたら〈鉤が開けば〉見ることにしよう。折り採る時期が過ぎてしまわまいうちに)
とあるが、この和歌の「くるる」は「暮るる」と「枢」の掛詞であり、扉を回転させる装置である「枢」と戸締りの道具である「鉤」を並べたおもしろさをねらっている。
蕨の独特で可憐な形は、人々の興味を引くものであったらしく、『和漢朗詠集』巻上「早春」所収の小野篁(八〇二~八五二)の漢詩では、「紫塵の嫩き蕨は人手を握る」と、人の手を握った形に譬えられている。今様に先行する歌謡・催馬楽の「庭生」には、
庭に生ふる 唐薺は よき菜なり はれ 宮人の さぐる袋を おのれ懸けたり
とあって、薺(ぺんぺん草)の三角形の実を、宮廷に仕える人がさげている袋に見立てている例がある。当該今様とも共通する、植物への親愛に満ちた視線がよく表れていよう。