午前雨、午後曇り。
東海道庄野あたりは雨の中。上るも下るも一苦労なり
やつとこさつとこ京の三条大橋へ。欄干に覗く鴨川の流れ
一枚一枚はそんなに大きくない版画なり。江戸のわれなら幾枚か買ふ
『孟子』告子章句下165 孟子鄒に居る。季任、任の処守為り。幣を以て交はる。之を受けて報ぜず。平陸の処る。儲子相為り。幣を以て交はる。之を受けて報ぜず。他日、鄒由り任に之き、季子を見る。平陸由り斉に之き、儲子を見ず。屋盧子喜んで曰く、「連、間を得たり」と。問うて曰く、「夫子任に之きて季子を見、斉に之きて儲子を見ざるは、其の、相為るが為か」と。曰く、「非なり。書に曰く、『享は儀を多くす。儀、物に及ばざるを、不享と曰ふ。惟れ志を享に役せざればなり』と。其の、享を成さざるが為なり」と。屋盧子悦ぶ。或ひと之を問ふ。屋盧子曰く、「季子は鄒に之くことを得ざるも、儲子は平陸に之くことを得たりしなり」と。
儲子は斉の宰相なれど孟子を訪ねず礼物のみ送る
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
ゐよゐよ蜻蛉よ 堅塩参らんさてゐたれ 働かで 簾篠の先に馬の尾縒り合はせてかい付けて 童冠者ばらに繰らせて遊ばせん (四句神歌・雑・四三八)
【現代語訳】じっとしているんだよ、蜻蛉よ。堅塩をあげよう。だからじっとそのままでいて、動かないでね。篠竹の先に馬のしっぽの毛を縒り合わせて、そこに蜻蛉をくくりつけ、子どもや若者たちに繰らせて遊ばせよう。
【評】蜻蛉とりに関わる童謡風の歌。前半部分は蜻蛉をとらえようとする子どもたちが蜻蛉へ呼びかけるような表現、「簾篠の先に」以下の後半部分はとらえた蜻蛉で子どもたちを遊ばせてやろうという大人の側からの表現になっている。「遊ばせん」は蝸牛に「花の園まで遊ばせん」(四〇八)と呼びかけるのと同じ形式であり、蜻蛉への呼びかけともとれるが、「童冠者ばらに繰らせて」と蜻蛉と遊ぶ対象を提示するとろからは大人の目の存在が感じられ、前半の歌い方と直接にはつながらないように思われる。蜻蛉で遊ぶ子どもたちへのあたたかい目は加賀千代女(一七〇三~一七七五)の名句「蜻蛉釣今日はどこまで行つたやら」を思い起こされる。
「堅塩」は精製していないかたまりになっている塩、「簾篠」は簾を作る細い竹、「冠者」は元服をして冠をつけたばかりの若者。
前半部分は蝸牛の童謡(四〇八)と同じく、褒美(ここでは堅塩)が提示されている。」高知県や兵庫県の伝承童謡として紹介された次のような歌とつながりがあろう。
とんぼ とんぼ とんぼ 止まれ 塩焼いて食わそ (兵庫)
とんぼ とんぼ おとまり 明日の市で塩買うて ねぶらしょ (高知)
塩がさまざまな飲み物や食べ物に変化したものもある。
蜻蛉 蜻蛉 お茶飲ませっから 垣の木 とうまれ (宮城)
とんぷ とんぷ 飛んで来い 粟の御飯を煮てやるに (長野)
蜻蛉 蜻蛉とまれ 明日の市に 飴買うてとらしょう (石川)
蜻蛉来い 虻くれる (石川)
とんぼとまれ 魚の菜で飯くわす とんぼとまれ (大阪)
とんぼ とんぼ 止まれ 揚げ買うてくわす (広島)
ねんばあじょ とまれいじょ 蠅を打って食わしゅうで (長崎)
これらの童謡においてあげられる現実的な餌(虻・蠅)や全く人間の食べ物といってよいもの(粟の御飯・魚の菜・揚げ)とは異なり、当該今様では蜻蛉への褒美として塩が持ち出されている。蜻蛉は生きた虫を餌にするため、塩との取り合わせは不審だが、あるいは、腹に青白い粉を帯びた蜻蛉が塩辛蜻蛉と呼ばれるように、蜻蛉の体の白っぽい粉と塩との連想が働いたものか。
古く平安時代末に編まれた『今昔物語集』巻一六‐二八話に見え、後世わらしべ長者の昔話として喧伝された話では、藁の先に虻をくくりつけて飛ばしていると、しかるべき身分の女性が興味を寄せてそれを欲しがる場面がある。このように、ただ虫を飛ばして歩くことも十分楽しい遊びになり得ようが、今様で歌われているのはオトリの蜻蛉(雌)で、篠竹を振り回してそこに組みついてくる雄の蜻蛉をとらえたのではないかと思われる。蜻蛉釣りの方法には大きく二つがあり、このようなオトリを使う方法と、もう一つは、ごく小さな砂利を二粒糸でつないで、飛んでいる蜻蛉の側に投げ上げるという方法である。小石を餌の虫と間違えた蜻蛉が近づいてきて糸にからまり、地面に落ちてくるという。沖縄には、二つの方法それぞれに独自の蜻蛉釣りの歌が伝わっている。
あーけーじゅー 給もーりー(とんぼを下さい)
たーまか精 うっ飛ばし(やんまの精をとばすから)
てィんたーまよ 来いよ(大やんま来いよ)
此り食らせん 狂り者ど(これを食わないのは狂ったやつだ)
前者はオトリを使う方法の時の歌、後者は砂粒を投げる方法の時の歌である。
二〇〇九年に発見紹介された、上越市内個人蔵の『御所参内・聚楽第行幸図屏風』は天正一六年(一五八八)の聚楽第行幸を描いたものとされるが、その中に、蜻蛉(あるいは紙を蜻蛉形に切り抜いたものかとも)を結びつけた糸の細い棒の先につけて持ち歩いている二人の子どもの姿が描かれている。蜻蛉釣りの遊びは時代を越えて子どもたちの心をとらえてきたのである。
当該今様は前半と後半で歌の主体の視点が変っているように見えるが、子どもの遊びを生き生きと描写しており、楽しく明るい一首に仕立てられている。