青天。
九階のベランダに妻と国見する。若きつばめの素早き動きを
つばめらを追ひゆく子らの嬉々として遊ぶがごとくかけめぐりたり
金沢の旅から帰り十日ほど腰定まらず次の旅案ず
近くの整体の店の軒下につばめの巢あり地は糞まみれ
『孟子』告子章句上146 公都子曰く、「告子曰く、『性は善も無く、不善も無きなり』と。或ひと曰く、『性は以て善を為す可く、以て不善を為す可し。是の故に文武興れば、則ち民善を好み、幽厲興れば、則ち民暴を好む』と。或ひとは曰く、『性善なる有り。性不善なる有り。是の故に堯を以て君と為して、象有り。瞽瞍を以て父と為して、舜有り。紂を以て兄の子と為し、且つ以て君と為して、微子啓・王子比干有り』と。性は善なりと曰ふ。然らば則ち彼は皆非なるか」と。
善・不善、悪人・善人さまざまなり何が正しいかさっぱりわからず
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
月かげゆかしくは 南面に池を掘れ さてぞ見る 琴の琴の音聞きたくは 北の岡の上に松を植ゑよ (四句神歌・雑三七九)
【現代語訳】月が見たいならば、屋敷の南面に池を掘れ。そうして眺めよう。琴の琴の音が聞きたいならば、北の岡の上に松を植えよ。
【評】池に映った月を眺め、松風を琴の音と聞きなす一首。自然の味わい方に一種の屈折があり、和歌を中心とした文学的伝統の上に成り立っている。
池に映った月を賞玩することは、『古今和歌集』にすでに見える。
池に、月の見えけるを、よめる
ふたつなき物と思ひしを水底に山の端ならでいづる月かげ 紀貫之 (雑上)
(月は一つだけで二つとはないものだと思っていたのに、この水の底に山の端からでなく出ている月影よ)
また、絵画のテーマとしてもしばしば描かれ、『拾遺和歌集』秋部には、池に映った月を描いた絵を見て詠んだ、次のような和歌の例が見える。
屏風に、八月十五夜池ある家に人あそびしたる所 水の面に照る月波をかぞふれば今宵ぞ秋の最中なりける 源順
(波の立つ池の水面に映っている月を見て、月日の数を数えてみれば、今宵は秋の真ん中の八月十五夜であったよ)
廉義公の家の紙絵に、秋の月おもしろき池ある家ある所 秋の月西にあるかと見えつるは更け行く夜半の影ぞありける 源景明
(秋の月が西の方にあると見えたのは、夜が更けて、池の水面に映った夜半の月影であったよ)
「琴の琴」は十三絃の「箏の琴」に対し、七弦の琴を言う。奈良時代に中国から伝来し『うつほ物語』や『源氏物語』にはその名が見えるが、平安時代末期にはほとんど廃れてしまった。したがって当該今様が琴を歌っているのも、身近で具体的な楽器としての七絃琴を強く意識したからでなく、松風の音を琴の音と聞きな文学的伝統によったためと考えられる。
松風と琴の取り合わせに関して、後代の和歌や物語に最も大きな影響を与えたのは、『拾遺和歌集』の次の一首であろう。
野宮に斎宮の庚申侍りけるに、松風入夜琴といふ題を詠み侍りける。
琴の音に峰の松風通ふらしいづれのをより調べそめけん 斎宮女御 (雑上)
(琴の音に、峰の松風が似通っているように聞こえる。いったいあの松風は、どの山の峰から、すなわちどの琴の緒(絃)から美しい音を奏ではじめたのだろうか)
当該今様は、以上のように、伝統的美意識にのっとった作であるが、池に照る月と琴に通う松風の音とを楽しむために、「南面に池を掘れ」「北の岡の上に松を植えよ」と、南と北、池と岡の対比をはっきりと示して命令形を重ねている点には、和歌に見られない表現の強さがあり、楽しみを進んで享受しようとする積極性がある。