久方ぶりに晴れ。
近鉄特急
青丹よし奈良の都の址どころ芝草の上にまどろみてゐる
まほろば大和の五月なり。妻と吾と来し朋に会はんと
いくつもの新しき殿舎。朱に塗られ、古へ大和かくもあざやぐ
『孟子』告子章句上154-2 今、場師有り。其の梧檟を舎てて、其の樲棘を養はば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養ひ、而も其の肩背を失ひて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養ひて以て大を失ふが為なり。飲食の人も失ふこと有る無ければ、則ち口腹豈適尺寸の膚の為のみならんや。
植木屋もやぶ医者も大なる志を忘れねばこれこそ最も大事なること
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
樵夫は恐ろしや 荒けき姿に鎌を持ち 斧を提げ うしろに柴木巻い上るとかやな 前には山守寄せじとて杖を提げ (四句神歌・雑・三九九)
【現代語訳】木こりは恐ろしいことだ。荒々しい姿で鎌を持ち、斧を下げ、背後には柴木が巻き上がっているとかいうことだ。前には山守を寄せつけまいとして、杖をさげているよ。
【評】不動明王の歌(二八四)をもじった木こりの歌。剣が鎌に、索が斧に、火炎が柴木(雑木を薪用に切ったもの)に、悪魔が山守に、それぞれ丁寧に対応した形で替えられており、滑稽味にあふれている。
当該今様においては、替え歌の制約から鎌・斧・杖の三つを二本の手に持たせることになり、不自然であるとの指摘もあるが、、斧を提げているのを腰と見れば、不自然さは解消する。鎌倉時代前半に成立した説話集『宇治拾遺物語』三話には「腰に斧といふ木伐る物さして」とある。
また、天禄から長徳(九七〇~九九九)頃に成ったとされる『うつほ物語』菊の宴には、左大将家での霜月神楽で職芸の物真似を競い合う場面があるが、「山伏の才」「筆結ひの才」などと並んで、「樵夫の才」が見える。当該今様は、このような祝祭の場ではぐくまれたものと考えられる。その賑やかな祝祭空間では、不動明王の歌の替え歌は大いに喝采を浴びたであろう。