あつというまに平城すぎて京に入る京は寂しきにはか雨ふる
京にふる雨の激しく地を叩き、寒くなるのもあまりに急なり
奈良の町萬萬堂通則に贖ひし餢飳饅頭を頬張る妻と吾
『孟子』告子章句下163 公孫丑問うて曰く「高子曰く、『小弁は小人の詩なり』と」
孟子曰く、「何を以てか之を言ふ」と。曰く、「怨みたればなり」と。曰く、「固なるかな高叟の詩を為むるや。此に人有り。越人弓を関きて之を射んとせば、則ち己談笑して之を道はん。他無し、之を疎んずればなり。其の兄弓を関きて之を射んとせば、則ち己涕泣を垂れて之を道はん。他無し。之を戚めばなり。小弁の怨めるは、親を親しめばなり。親を親しむは仁なり。固なるかな高叟の詩を為むるや」と。曰く、「凱風は何を以てか怨みざる」と。曰く、「凱風は、親の過ち小なる者なり。小弁は、親の過ち大なる者なり。親の過ち大にして怨みざるは、是れ愈々疎ずるなり。親の過ち小にして怨むは、是れ磯す可からざるなり。愈々疎んずるは不孝なり。磯す可からざるも亦不孝なり。孔子曰く、『舜は其れ至孝なり。五十にして慕ふ』と。
舜こそは至孝の人なり。五十になつても親を慕ふ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
心凄きもの 夜道船道旅の空 旅の宿 木闇き山寺の経の声 思ふや仲らひの飽かで退く
【現代語訳】心細く恐ろしいものは、夜道、船での移動、旅にある身の上、旅の宿、うっそうと木々が茂って暗い山寺から聞こえる経の声。愛し合う二人が、飽きたわけでもないのに、心ならずも別れ離れてしまうこと。
【評】心凄きもの尽くし。「心凄し」は寂しくて心細い意。
心細い旅の情景を並べた最後に、恋人同士の余儀なき別れを配置する。最後に意表をつくものを置くことは物尽くし今様の手法としてしばしば見られるが、当該今様は、特に、修行の旅らしい心細さから恋の孤独感へ、趣の急変ぶりが鮮やかである。
「思ふや仲らひの飽かで退く」は、思い合った二人が飽きてしまったわけでもないのに遠のく、の意で、不本意な離別を「心凄し」と表現するが、次に示す用例は、むしろ、飽きないうちにこそ離れようという屈折のある歌で、「飽く」ことと「退く」こととのいろいろな関係性が窺われよう。
飽かでこそ思はむ仲は離れなめそをだに後の忘れがたみに
(『古今和歌集』恋四・よみ人しらず)
(飽きないうちに思い合っている二人の間柄を切ってしまいましょう。飽きて別れたのではないというそのことだけでも、後々の忘れられない思いでの形見として)