6月15日(月)

雨だ。上がって来るらしいが。

  陰毛すらも巧みに描き記されたり。滅ぶ女の髪乱しつつ

  未完成といふバベルの塔のごときもの三層から上は朦朧として

  茅ヶ崎の町の蕎麦屋に十割そばぼそりぼそりと旅を終へたり

『孟子』告子章句下167-4 君の悪を長ずるは、其の罪小なり。君の悪を(むか)ふるは、其の罪大なり。今の大夫は、皆君の悪に(むか)ふ。故に曰く、今の大夫は、今の諸侯の罪人なり」

  今の大夫はみな君の悪心を引き出すゆゑに大夫は諸侯にすら罪せらるべき

    *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

いざれ独楽(こまつぶり) の城南寺(じやうなんじ)(まつり)(み)に われはまからじ恐ろしや (こ)り果てぬ作り道や(よつ)(づか)に 焦る上馬(あがりうま)の多かるに    (四句神歌・雑・四三九)

【現代語訳】「さあおいでよ、独楽よ。鳥羽の城南寺の祭見物に」「わたしは行きませんよ、恐ろしいこと。まったく懲り懲りしたよ。作り道や四塚にいらだつ暴れ馬がたくさんいてね」

【評】子どもと独楽との対話形式の一首。

「こまつぶり」は「こま」の古称。『大鏡』には、藤原行成(九七二~一〇二七)が幼かった後一条天皇(在位一〇一六~一〇三六、九~二十九歳)に独楽を献上した記事がある。帝は独楽を見て「あやしの物のさまや。こは何ぞ」と問う。このころ宮中では独楽はまだ珍しいものであったらしい。帝は、広い建物の中をくるくる回りながら動いていく独楽に夢中になり、他の人々が献じた、金銀をふんだんに使ったような高価な玩具は皆しまいこんでしまったという。

承平年間(九三一~九三八)に成立した辞書『和名類聚抄』には「独楽……和名古末都玖利 孔有る者なり」とあって、独楽の本体に穴が穿たれていることが示される。いわゆる唸り独楽で回すと音がしたものらしい。観応二年(一三五一)成立の絵巻『慕帰絵詞』には、独楽遊びをしている子どもたちが、地面にほとんど腹這いになり、回っている独楽に顔を近づけている様子が描かれるが、独楽の唸る音を楽しんでいるようにも見える。当該今様については、そのような独楽のたてる音を独楽の返事と捉えたとする説、また、軸が直立している時に呼びかけ、軸の傾いたことを独楽の返事と捉えたとする説が提出されている。比較的新しい玩具である独楽を身近によく観察した上で発想された一首と言えよう。

さて、寛治元年(一〇八七)、白河上皇は、現在の京都市伏見区竹田・中島あたりに造営した鳥羽離宮に移った。藤原季綱の別荘を改修したもので、以後、白河・鳥羽の上皇御所として使用され、後白河は一時、清盛によってここに幽閉された。鎮守社として離宮内に城南宮が祀られたが、城南寺はその別当寺で、城南宮の杜にあったらしい。

当該今様に歌われている祭は「城南寺明神御霊会」「城南寺祭」などと呼ばれ、現在指摘されている最も早い記録は『中右記』康和四年(一一〇二)九月二〇日条である。祭礼は毎年九月二〇日に行われたが、白河院や鳥羽院も見物に出かけており、その賑わいが想像される。流鏑馬(走っている馬の上から、矢で的を射る競技)や競馬(二頭の馬を走らせてその遅速で勝負を決める競技)が祭礼の中心だったらしく、後には「城南寺祭」ではなく、「鳥羽院競馬」「城南寺競馬」と記述されることも多い。当該今様で「上馬」(気の荒い暴れ馬。[三八四]/「じょうめ」と読むと立派な馬、駿馬の意[三五二]の多さが歌われているのは、そうした祭礼の内容を反映しているのであろう。「四塚」は朱雀大路の南末、羅生門跡の四辻で、「作り道」はその四塚から鳥羽に南下した直線路。

後世の伝承童謡に、次に掲げるような田螺と子どもの対話形式のものが見られ、当該今様はその淵源として注目されるが、院政期に栄えた鳥羽離宮と城南寺の祭礼を歌い込んでいる点は、まさに今様(当世風)であって、時代の流行を敏感に反映しており、興味深い。

田螺(つぶ) 田螺 山へ行け 己ゃいやだ 汝ゆけ 去年の春も行ったれば からすと申す黒鳥が あっちへつっつき つんまわし こっちへつっつき つんまわし 二度と行くまい あの山へ  (長野)

田螺(つぶ)や田螺や抜け田螺や 去年の春をへったれば からすという馬鹿烏に ずっくらもっくら刺されたずな (山形)

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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