6月16日(火)

朝から晴れ。なかなか気持ちがいい。

  池の底にひそむなまづが動きだす地上ははげしき地震(なゐ)に揺れたり

  池の底に潜りてなまづをつかまへる粘りて人なすままにならず

  大き口の上下にひげを生やしたるなまづ愛しやいとしやなまづ

『孟子』告子章句下168 魯、慎子(しんし)をして将軍(た)らしめんと欲す。孟子曰く、「民を教へずして之を用ふるは、之を民を(わざはひ)すと謂ふ。民を殃する者は、尭舜の世に容れられず。一たび戦ひて斉に勝ち、遂に南陽を(たも)つとも、然も且つ不可なり」と。慎子勃然(ぼつぜん)として悦ばずして、曰く、「此れ則ち滑釐(くわつり)の識らざる所なり」と。

  魯、慎子を将軍にするといふ孟子それに反対す。慎子「滑釐の識らざるところ」

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

聞くにをかしき経読みは とうかく高砂の明泉房(みやうせんばう) 江口のふちにたのやけの君 淀には大君次郎君

【現代語訳】聞いてほれぼれする読経上手は、とうかく明泉房、江口の岸辺にたのやけの君、淀には大君次郎君

【評】経読みの名人を列挙した歌。「とうかく」は未詳。「とにかくまあ第一に」の意とする説、「同学」と読んで仏教修行をする者ととる説などがある。

「高砂」は兵庫県高砂市。景勝地として有名な海岸。「江口」は大阪市東淀川区の港、「淀」は京都市伏見区にあった河港で、いずれも遊女の一大拠点であった。「たのやけの君」「大君」「次郎君」はそれぞれ遊女の名であろう。

読経は本来宗教的な行為であるが、一方では芸能化が進み、今様の歌唱・鑑賞と並ぶようなものにもなっていた。『紫式部日記』寛弘五年(一〇〇八)八月二十余日の記事には、中宮彰子の出産が近づいたために宿直している人々のうち、琴や笛などの管弦には熟達していない若者たちが、「読経あらそひ」をしたり、「今様歌ども」を歌ったりしていることが見える。時代は下るが『看聞御記』にも、「酒盛」の場で尼の「声明」が披露されている例が見られ(応永二三年<一四一六>三月一七日条、応永二四年閏五月四日条など)、読経のみならず仏教音楽が宴席で楽しまれていることが窺われる。

鎌倉時代前半に成立した説話集『宇治拾遺物語』三五話みは小式部内侍が恋人・藤原定頼の読経の声に感嘆した説話がある。(『古事談』巻二‐七七話にも)。定頼の読経は宗教者としてのものではないが、陽勝仙人がその読経に感じて聴聞に訪れたという説話も伝わり(『古事談』巻二‐七八話、『十訓抄』一〇‐一九)、広い階層の人々の、読経の優劣が取り沙汰されているのである。なお、小式部内侍の母・和泉式部読経の名手・道命との恋愛を語られており(一五)、母娘ともに読経に優れた美声の恋人を持っていたことになる。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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