5月15日(金)

晴れて暑い。

  いつからか左傾、保守化してかくのごとき夢かたることも恥辱と思ひき

  されど秦の始皇帝撃たむとする荊軻よときにわれには神のごとし

  風瀟々として易水寒く荊軻一たび去って還ることなし

『孟子』告子章句上148-2 人に存する者と雖も、豈仁義の心無からんや。其の、其の良心を(はう)する所以の者、亦猶ほ斧斤(ふきん)の木に於けるがごときなり。(たん)(たん)にして之を(き)らば、以て美と為す可けんや。其の日夜(にちや)(そく)する所、(へい)(たん)の気あるも、其の好悪(かうお)、人と相近きものと(ほとん)(まれ)なるは、則ち其の(たん)(ちう)の為す所、(また)之を梏亡(こくばう)すればなり。之を梏して反覆すれば、則ち其の夜気(やき)以て存するに足らず。夜気以て存するに足らざれば、則ち其の禽獣を(さ)ること遠からず。人其の禽獣のごときを見て、以て未だ嘗て才有らずと為す者は、是れ豈人の情ならんや。

  人に存する本性でも固有の心も忘れ失ふ

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

今日も旅疲れだろう休ませていただく。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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